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弁護士による建物賃貸借契約の相談 賃貸借契約終了の正当事由と立ち退き料
内藤寿彦法律事務所
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弁護士内藤寿彦
 (東京弁護士会所属)
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2012/08/01
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2016/10/20
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立ち退き料に影響する事情

【耐震強度不足の建物の建て替え】
【賃料が相場よりも安いのは有利か不利か】
【他の入居者が立ち退きに応じている場合】
【将来の計画の具体性】

【耐震強度不足の建物の建て替え】
●耐震基準と建て替え
 首都圏にマグニチュード7級の直下型地震が起こる確率が30年以内に70%といわれています。都内で発生した場合には、その周辺地域は震度6強~7の揺れになると予想されています。
 1981年(昭和56年)の建築基準法改正で、現在の新耐震基準というものが採用されました。このため、それ以前の建物は、耐震強度が不十分だと言われています(基準は最低限のものですから、改正前の建物でも、現在の基準を充たす強度のものもあります。ただし、建築予算の関係から、当時の基準ぎりぎりで設計されていることが多いと言われています)。
 1981年と言えば、すでに35年以上前になります。それ以前に建てられた建物ですから耐震基準の問題だけでなく老朽化という問題もあります。

 そこで、古い賃貸物件を取り壊し、現在の耐震基準を充たすような建物に建て替えたいという計画を立てる方もいます。
 建て替えですから、賃借人がいれば退去してもらう必要があります。現在の耐震基準を充たす建物への建て替えを理由に、賃借人に退去してもらうことができるかという問題になります。

●裁判所の傾向
 裁判所の傾向ですが、「震度6強の揺れがあった場合に倒壊の危険がある」という専門家の意見書を証拠として提出したとしても、立ち退き料なしでは正当事由を認めてくれません(立ち退き料を払うことを条件にしても認めない場合もあります)。
 震度6強の震度は、首都圏直下型地震のような地震でないと想定されません。そして、「30年以内に70%」という確率は、明日起こっても不思議ではないという確率ですが、1年、2年以内に高い確率で起こることが予想されるという意味ではありません。10年後かも知れない、20年後かも知れない、また、30年経っても30%の確率で起こらないというものです。
 このため、「賃借人に今すぐに退去を求めて建て替えをする必要がある、という理由にはならない」ということになります。

 これに対し、通常、発生が予想される地震(震度4~5程度)で倒壊の危険があるような建物の場合(耐震基準を充たすかどうかという以前に、危険な建物と認められる場合です)には、正当事由として重視されることになります(それでも若干の立ち退き料を求められることが多いと思います)。
 しかし、このような建物でも、賃借人が退去する必要のない補強工事で足りる場合があります。所有者が、この機会に新しい建物に建て替えて、賃貸スペースを拡げて有効利用を図りたいと希望していたとしても、補強工事で足りる場合には正当事由としては弱い、ということになります。

 ただし、補強工事ができると言っても、建て替える場合と比較してより費用がかかる場合など、補強工事自体が現実的でない場合もあります。そのような場合には、正当事由として弱いとは言えないことになります。

●平成25年3月28日東京地裁立川支部判決について(追記)
 新聞等で「耐震基準不足で裁判所が立ち退きを認めた」ということで、報道された判決です。
 この判決で問題になった建物は、昭和46年に建てられた建物で、当時の建築基準法には適合していたけれども、その後の耐震基準(昭和56年に定められた、現在の耐震基準)には適合していない建物です。
 そして、この判決は、立ち退き料などの引き換え条件なしに、賃借人に建物からの立ち退きを命じています。

 このため、耐震基準に充たない場合に、裁判所が立ち退きの正当事由を認めたというような報道がされ、これが1人歩きしているように感じます。

 この判決は、敗訴した賃借人側が控訴して、高等裁判所の判断がでていないので、最終的にどうなるのか(どうなったのか)分かりません。
 しかし、この判決は、かなり特殊な事案についての判決です。この判決で、裁判所の考え方が特に変わったと言えるのか疑問に思います。

 ・この判決には特殊な事情があります
 この建物の危険性について、判決に明確には書いてありません。
 原告(賃貸人側)の主張によると、この建物の耐震判定を行ったところ、IS値(耐震指標値)が、11階建ての建物の全ての階で0.6未満で、0.3未満の階もあるという結果だったとのことです。
 IS値は、0.6以上なら一応安全とされる数値です。0.6未満は、安全とは言えない、ということになります。全ての階で0.6未満で、0.3未満の階もあるというのは、強い地震(震度6強以上)の場合には大破、倒壊の恐れがあるとされる数値です。
 この耐震判定の結果について、被告(賃借人側)は争っていません(賃借人側で検査をするのは難しかったのだろうと思います)。
 このため、争点は、この耐震判定を前提にして、正当事由があるかないかという点に絞られました。

 この判決の事案では、さらに次のような特殊事情もありました。
 ①建物の所有者(賃貸人)は、独立行政法人都市再生機構(UR)です。
 ②この建物は、1棟に204戸が賃借していました。倒壊すれば204世帯に被害が及ぶということです。
 ③建て替えが計画された後、URは、住民に対し住み替えのための措置を取っています。その内容は、URが管理する住居に移転する場合は移転費用と移転先の賃料の減額、URが管理する建物以外の建物に住み替える場合は転居後の家賃等の一部補填額として100万円と移転費用として78万9000円を支払う、というものでした(なお、賃借人の賃料は月額約5万円でした)。(*)
 ④補強工事で耐震強度を補う場合には、非常に多額の費用がかかり現実的でないという事情がありました。
⑤居住していた204戸のうち、197戸がURとの間で住み替え合意にし、合意しなかった7戸との間で裁判になったという事情もありました。

 判決は、立ち退き料との引き換えで立ち退きを命じたわけではなく、無条件で立ち退くように命じました。しかし、裁判所は判決後でも立ち退きの合意ができればURが上記の住み替え措置をとると考えたと思います(判決の中にはこのようなことは書いてありません。推測です)。

 このような事情を踏まえた上での判決ですから、この判決が、耐震基準を充たさない場合には、それだけで正当事由を認める(立ち退き料なしで建物の明け渡しを認める)という基準を示したとまでは言えないと思います。

(*)この点について裁判所は「退去に伴う経済的負担等に十分配慮した手厚い内容と評価できる」としています。

・裁判所の傾向は今後はどうなるのでしょうか
 今後、民間の小規模な賃貸住宅で、耐震強度が不足しているからと言って、立ち退き料なしで裁判所が正当事由を認めるかと言えば、そうはいかないと思います。(*)

 2011年の東日本大震災以来、巨大地震がいつ起こっても不思議ではないという報道が繰り返され、耐震性のある建物への建て替えの需要が高まっていると言えます。こうした傾向が、裁判所に影響を与えていないことはないとは思いますが、裁判所の傾向が大きく変わったということはありません。2015年4月時点でも、立ち退き料なしで立ち退きを認めることが原則にはなっていません。

(*)他にも、現行の耐震基準を充たす建物への建て替えに正当事由を認めて、立ち退き料なしで建物の明け渡しを認めた判決がありますが(東京地裁平成25年 1月23日判決)、これは賃借人側の建物使用の必要性が非常に低いことが考慮されています。

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【賃料が相場よりも安いのは有利か不利か】
 賃料が相場よりも安くなっている場合があります。賃貸人の都合で将来、退去してもらう場合のあることが予め分かっているため安くしてある場合もあります。建物が古くなってきたので、安いままにしておく場合もあります。
 賃料が相場よりも安い場合、立ち退き料の金額についてどちら側に有利になるか、ということでお話をします。

 賃貸人に言わせれば、今まで安い賃料で借りられたのだから大人しく退去してほしいということになります。
 ところが、賃借人に言わせると、「ここと同じ賃料で同じような物件を探すことができない。そのため、ここを借りなければならない理由がある」ということになります。

 裁判所の傾向は、特別な場合以外は、同じ条件の物件を借りるための賃料差額を、立ち退き料額に加える傾向にあります(安い賃料の場合、同じ条件の物件は賃料額が高くなりますが、その差額補償が立ち退き料に加算されるという意味です)。

 ただし、安い賃料が、賃貸人側の有利な事情(立ち退き料が低額になる)とした判決もあります。
 例えば、海外出張から帰国したら自分で使うのでその時には退去してほしい、ということを契約を結ぶ段階から賃借人に説明し、そのため、賃料を安くしていた、という事情があったケースでは、賃貸人に有利な事情と判断されました。しかし、このような事情がある場合は、定期借家契約を利用できるので、今後も同じような判決が出るのかどうか分かりません(ただし、住居を貸そうとする場合、定期借家ではなかなか借り手がつかないと言われています)。

 このような例外的な場合を除けば、賃料が安い場合には、新規に借りる物件との賃料差額の補償額を立ち退き料に加えるというのが、裁判所の傾向です。

  賃貸借契約が何度も更新して長期間契約が続き、その間、周辺の賃料相場が上昇したのに、なんとなくというか、次第に建物も古くなってきたので、賃料の据え置きをしているうちに賃料が安くなってしまったという場合が多いようです。
 立ち退き料は、基本的には、移転に伴う経済的損失の補償が基本です。同じ条件の物件(*)に移転した場合に賃料が高くなれば、賃借人にとって経済的な負担になるので、その補償が必要になります。しかし、賃料が増加するという負担は、移転先の物件を借りている間、ずっと発生することになりますが、さすがに、ずっと補償しなければならないわけではありません。立ち退き後(移転後)1ないし2年分くらいを賃料差額補償として、立退料に加える場合が多いです。なぜ、期間を区切るのかと言えば、これも賃貸人にとって何らかの正当事由があり、賃借人の経済的負担を全て補償する必要はない、ということが理由だと思います。

 しかし、中には賃借人の事情を酌んで賃料を安くしていたことが仇になったケースもあります。賃借人が会社で、会社の経営が苦しいというので賃料を相場よりも安くしていたのですが、建物が老朽化したために立ち退きを求めたというケースです。これについても、裁判所は、賃料の差額補償を立ち退き料に加えました(賃料を安くしていた事情も判決に書いてありますから、裁判所が過去の経緯を無視したとか、見落としたわけではありません)。

 賃貸人側からすると納得できないかも知れませんが、賃料差額は補償するのが原則というのが裁判所の傾向だということです。

(*)同じ条件とは、同じ環境、同じ広さが基本です。複数の候補があるのが普通ですから、その中の平均的な物件です。ただし、古い建物だったからと言って、同じような古い建物に移転することは求められません。建物の老朽化が移転を求める理由になっている場合に、同じような老朽物件に移転したのでは、またまた移転を求められることになってしまいます。

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【他の入居者が立ち退きに応じている場合】

 オフィスビルやアパートなど、他の入居者がすでに退去しているのに、1人だけがんばって立ち退きに応じない、ということがあります。
 この1人との間で、賃貸人側は裁判をすることになります。

 すでに立ち退きをした賃借人と同じ条件の場合には、このような事情は、賃貸人に有利な事情の1つになります(*)。ただし、決定的に有利な事情とまでは言えません。立ち退き料の支払いを条件として賃貸人に正当事由を認める場合の1つの要素、という程度です。

 かえって、和解の場合には、「他の入居者を退去させたのだから、もう後には引けないでしょう、もうひとがんばりして立ち退き料をもう少し上げたらどうでしょうか」という説得材料に使われることも考えられます。もっとも、判決にはこんなことは書けませんが。

(*) 正当事由や立ち退き料は、賃貸人側の事情と賃借人側の事情によって決まります。居住用のアパートやオフィスビルの場合、どの入居者も同じような事情があるのが普通だと思います。従って、他の入居者が相当の立ち退き料で退去したのに、1人だけ他よりも多額の立ち退き料でなければ立ち退かないと言って立ち退きを拒むのは、裁判所からは、あまりいいように見えません。しかし、他の入居者とは違う特別な事情があって立ち退きを拒んでいる場合(例えば、商業ビルで、他の入居者は、移転が容易なオフィスなのに、飲食店や物品販売店など、その場所でなければならない事情が強いため、営業補償など多額の立ち退き料を求めている場合)には、すでに退去した賃借人と同じ条件で立ち退きを認めてくれと言っても、そうはいきません。それでも、他の賃借人が退去しているということで、賃貸人側の必要性が増しているということは言えると思います。

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【将来の計画の具体性】

 特に建て替えの場合、建て替えてご自身の居住や賃貸業以外の事業で使用する必要があるという場合や、より高度利用ができるような賃貸物件に建て替える場合(通常は現在よりも高額な賃料になり、賃貸スペースも増えます)がほとんどだと思います。
 そして、それを理由として正当事由の主張をします。

 ところが、あくまでも現在の賃借人に退去してもらうことが前提になり、不確定要素があるため(いつ退去してくれるのか、立ち退き料がどうなるのか)、具体的な計画が立てられない場合があります。(*)

 しかし、裁判所は、計画に具体性がない場合には、あまりいい顔はしません。本当に必要なのか、別の目的(更地にして第三者に転売するなど)があるのではないかなどと疑うのだと思います。疑わないまでも、「計画はまだ具体的なものではない」みたいなことを書いてある判決を見ます。

 やはり、ある程度具体的な計画があった方が、裁判所に対して賃貸人の言っていることに具体性があることをアピールすることになります。
 とは言え、設計事務所に依頼したはいいが、捕らぬタヌキの皮算用になるのではないかと思うのもやむを得ないことで、痛し痒しです。弁護士としてもいくら裁判で有利になるとは言え、依頼者に無理な要求はできません。

(*)退去するしないで揉めている場合、いつ、退去の結論がでるのか、非常に悩ましい話になります。退去の結論がでないまま、計画が進んでしまうと、立ち退き料以上の損失の可能性もあります。そうならないため、早めに裁判を起こす方がいいということになります。しかし、その場合、計画の具体性や立ち退きの必要性、緊急性を問題にされる可能性があります。

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弁護士 内藤 寿彦  東京弁護士会所属

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