遺言書がない場合は、相続人全員で、遺産分割協議をして、遺産を分けることになります。遺産分割をしなければならないわけではありませんが、後になって面倒なことになります。特に、遺産の中に不動産がある場合には、時効での解決はできません。世代が変わっても遺産分割をして解決するしかないのです(これについては→「不動産がずっと昔に亡くなったおじいさんの名義のままになっていませんか」の中の「時効で取得した、ということにはなりません」をご覧ください)。ここでは、遺産分割の協議の方法を含め、遺産分割協議の基礎的なお話を、弁護士がします。
【目次】
1.遺産分割協議の方法
2.遺産分割協議書と印鑑
3.話がまとまったのに印鑑をもらえない
4.法定相続分で複数の遺産を分ける方法
5.とりあえず合意が成立した遺産について遺産分割協議書を作る場合
1.遺産分割協議とは
遺産分割協議とは、遺言書がない場合に、被相続人の財産(遺産)を共同相続人全員の合意で分けることです。
遺産分割協議というと、相続人全員が一同に集まって相続する財産について話し合いをするというイメージがあります。
これが一番確実な方法ですが、必ずしも、相続人が同じ場所に集まって合意をする必要はありません。持ち回りのような形でもいいし、例えば5人の相続人がいる場合に、3人で予め話をつけた後で、他の2人がこれに同意するような形でもいいのです。
要するに、相続人全員が合意すればいいのです(集まるか、集まらないかの合意という意味ではありません。遺産分割の内容について、全員の合意が必要という意味です。一人でも反対すれば、遺産分割協議は成立しません)。
2.遺産分割協議書と印鑑
協議がまとまったら、通常は遺産分割協議書を作ります。遺産が不動産の場合、遺産分割協議で決まった内容で登記をする必要があります。そのためには、遺産分割協議書を作る必要があります。また、預金を下ろす場合にも必要です。
それ以外の場合には、作らなくてもいいのですが、後になって(極端な場合は、分割協議をした相続人が亡くなった後で)問題になる場合がありますから、作った方がいいです。(*1)
分割協議書の形式は原則として自由です。結論が分かるようになっていればいいのです。
ただし、不動産の場合は登記する必要があるので、法務局で受け付けてもらえるものでなければなりません。
不動産の登記をする場合には、1通の遺産分割協議書(登記をする不動産についての遺産分割協議書です)に、全員が署名して、実印を押し、その印鑑証明書を添付しないと、法務局で受け付けてくれません。
通常、不動産の登記(売買による所有権移転登記など)の場合、申請書に添付する印鑑証明は申請の3か月前までに発行されたものが必要になります。しかし、遺産分割協議書の場合、この制限がありません。(*2)
このため、予め合意をしてくれそうな人から先に署名押印と印鑑証明書をもらい、その後、時間をかけて話し合いをする必要があると人と話合いをした上で、署名押印と印鑑証明書をもらって遺産分割協議書を完成させることもできます。
(*1) 「作らなくてもいい」というのは、後になって「そんな話はしていない」とか「まだ決まっていない」などという人がいない場合です。後のことは分かりませんから、作っておいた方がいいです。(▲本文に戻る)
(*2)遺産分割協議が成立しなくても、相続人の1人が申請すれば、亡くなられた方の名義から、相続人全員が法定相続分で共有しているという内容の登記をすることができます。この登記は遺産分割をしたことを前提としたものではないので、この後で、遺産分割協議ができます。その結果、その不動産を相続人の1人のものにすることができます。
ただし、この場合の登記の変更は、遺産分割協議書を法務局に提出するだけではできません。また、印鑑証明書も申請の3か月前のものでなければなりません。このように面倒なことになるので、特別に必要な場合以外は、遺産分割協議が済むまで、亡くなられた方の名義のままにしておいた方がいいのです。( ▲本文に戻る)
3. 話がまとまったのに印鑑をもらえない
共同相続人の間で遺産の分割協議がまとまり、その内容で遺産分割協議書を作ろうと思って判子を押してくれと言ったら、いや、判子を押せないと言われた・・・。こんな話も珍しくはないと思います。(*1)
録音した・・・としても、それでいいのか問題になります。法律上は、口約束でも遺産分割が成立することになっています。しかし、不動産などの遺産の場合は、遺産分割協議書を作るのが通常です。このため、分割協議書に判子を押した時に、正式な意思が表示されたとされるのが一般です(それまではまだ正式な意思が表示されたとは言えない、ということです)。
そこで、話合いが成立したら、実印がなくても、不動産の正式な表示が分からなくても、とりあえず書面を作ります。
その場合、その不動産がどの不動産か分かる程度に書いた上で、「○○がこの不動産を取得することで遺産分割が成立した。この内容で登記申請用の遺産分割協議書を作成する」という内容の書面を作り、全員に署名してもらえば、その時点で遺産分割協議が成立したことになります。
話合いの途中でもめていたような場合には、後で気が変わったと言われないように、このような書面を作ることをお勧めします。署名さえもらえれば、印鑑がなくてもかまいせん。
この書面を作れば、「気が変わった」と言われる危険を防ぐことができます。 また、後で登記申請用の遺産分割協議書の署名を拒否されても、裁判をやって遺産分割協議が成立したことを証明して、判決で登記申請ができます。
しかし、それでも問題になる場合があります。 問題になったのは、「遺産分割協議書」というタイトルがなくて、「本日、相続人間で話し合った結果、×××の内容で遺産を分けることとした。この内容で遺産分割協議書を作成する」と書いてある書面に、共同相続人全員が署名したというケースです。
ところが、後になって共同相続人の一部が、登記申請用の遺産分割協議書の作成を拒否したため、10年もそのまま(不動産の登記名義が被相続人の名義まま)になっていました。そして、10年経って弁護士に相談して裁判所に訴えを起こしました。
この事案は、不動産を取得することになった相続人が、母と同居して面倒を見る、ということで不動産を取得することにして、それを実行した上、相続税の支払いもしたのですが、他の相続人の一部が登記申請用の書面の作成を拒否し、裁判では上記の書面に書名したことさえも否定しましたが、裁判官の「そんなはずはないでしょう」との発言で和解が成立しました。
このケースは、全員が署名した書面があったから何とかなりましたが、書面がなければ全くダメです。しかも、相続した不動産は何年使っていても(土地の上に自宅を建てたとても)時効で自分のものになることはありません。遺産分割協議をしないと永久に解決しないのです。だから、話がまとまったら、 手帳の切れ端にメモ書きのように結論だけ書いたものでも、全員の署名をもらうべきです。(*2)
(*1) 不動産の分割協議書は、登記申請のために、登記簿に記載された正式な表示で不動産を表示する必要があり、印鑑登録してある実印や印鑑証明書が必要です。話合いの時点ではそれらがなく、話合いで誰が不動産を相続するのか決めたけれど、登記申請に必要な遺産分割協議書の作成は後日にするという場合があります(通常だと思います)。
そこで、専門家に登記申請に使えるような遺産分割協議書の用紙を作ってもらい、印鑑証明などを準備して、さあ、判子を押してください、という段階になって、「いや、ダメだ」と言われたら、他の人はたまりません。 (▲本文に戻る)
(*2) なんでも、全員の署名があればいいということではありません。たとえば、話合いが何度も続く場合に、議事録を作る人もいます。しかし、議事録は、決定した事項なのかどうかあいまいです。通常、話合いの経過を記録したものだからです。遺産分割協議が成立したと言えるためには、次回に集まる時には、専門家が準備した書面に印鑑登録してある実印を押すという程度に、合意ができたことが必要です。そこまで合意ができたら、そのことを書いて、全員で署名すれば、遺産分割協議が成立したと判断されます。(▲本文に戻る)
4.法定相続分で複数の遺産を分ける方法
遺産分割は合意さえあれば、法定相続分で分ける必要はないのですが、それでは不満という方も当然、います。ここでは、法定相続分で厳密に遺産分割をやるためにはどうするのか、お話します。
・評価額を決めます
不動産や預金、株式など複数の遺産があって、これを3人の兄弟で分ける場合で説明します。
この場合、不動産と預金と株式などの全ての財産について、金額(評価額)を決める必要があります。預金や上場株の場合は評価額はすぐにでますが、特に、不動産は評価額があいまいです。不動産の評価は実勢価格で評価するのが正式です。ただし、実勢価格というのが、分かりません。一番簡単な土地の評価方法は「相続税路線価で評価した価格×1.25」で算定することです(相続税路線価は公示価格の0.8に設定されているので、1.25倍すると0.8で割ったのと同じことになり、公示価格での評価額が出てくる、という建前です)。ただし、これも実勢価格と同じとは限りません。
不動産を取りたい人はできるだけ安く評価したいと思います。そうでない人はできるだけ高く評価したいと思います(*1)。3人で合意すれば、その値段でいい、ということになりますが、どうしても、ダメなら、家庭裁判所に調停の申立をして、裁判所が選任する不動産鑑定士に評価してもらうことになります(それでも不満が残る場合がありますが、それは言えないという建前です)。
(*1)複数の不動産があって、それを別々の人に分ける場合には、自分の取るものが低く評価されて、他の人が取るもの高く評価された方がいいと言えます。ただし、それを露骨に言えば、他から反対されます。評価方法が合理的だから、結果的にそうなったのだと言えなければ、他の人は納得しません。 (▲本文に戻る)
・法定相続分での取り分を計算します
不動産や株式など全ての遺産について価格が決まったら、不動産、預金、株式などの遺産全部の価格を合計します。それを兄弟3人(法定相続分はそれぞれ3分の1)で分けるので、合計額に1/3を掛けます。これが、1人あたりの法定相続分による取り分になります(共同相続人全員の相続分が同じ場合を例にしましたが、共同相続人の1人1人の法定相続分が違う場合には、全財産に対して、それぞれの法定相続分の割合を掛けて、1人ずつの法定相続分による取り分を計算します)。
・誰が何を取るのか決めます
次にどの財産を誰が取るのか決めます。これでもめたら、やはり、家庭裁判所に行くしかありません。基本的には誰が何を取ってもいいのですが、預金は後で調整するために残しておいてください。
また、株式が上場株でない場合は注意してください。
3人の兄弟をA、B、Cとしますが、 株式が上場株なら預金と同じように考えればいいのですが(市場価格で売れますから)、非上場会社で、Bがすでに発行済み株式の過半数を持っているとしたら、AやCに取っては実質的に無価値です。評価額は意味がありません(ただし、相続税の計算上は価格がついて税金の対象になります)。意味があるのは、過半数を持っているBだけです。だから、この場合は、Bに全部持ってもらうべきです。また、非上場会社の株式で、第三者が過半数の株式を持っている場合には、実質的に無価値の場合が多いので、3人で同じ株式数で分ける(法定相続分に応じて分けるという意味です)場合が多いと思います。
・預金や代償金で調整します
預金以外の財産(不動産や株式)について、誰が取るのか決まったら、A、B、Cの3人が、それぞれ取ることになった財産の合計金額を出します (*2) 。Aが取る財産合計○○円、B○○円、C○○円と計算します。その結果と、先の法定相続分の金額(全遺産の1/3)を比較します。そこで差が出ます(預金額を加えていないので、3人ともマイナスの場合もあります)。そして、預金をそれぞれのマイナス分に割り当てて法定相続分と同じ金額になるようにします。このように、預金で、差額を調整します(*3)。
預金で調整をしても、まだ、法定相続分と比べてマイナスの場合があります。例えば、Aが高額な不動産を取ったので、BとCが預金を取ることにしても、まだ、BとCはマイナスで、Aがプラスになっている状態です。この場合は、Aは、自分のお金(遺産として取ったものでなく、自分の預金などです。借入してもいいです)から、BとCのマイナス分の穴埋めをすることになります。いわゆる代償金です。この計算の時は、Aが支払った代償金の金額をAが取る財産合計額から差引ます(表計算をする場合には、代償金価額をマイナス○円として、他の財産と合計します)。代償金を受け取るBとCはプラスにして、3人のそれぞれの合計額が法定相続分と同じ金額になるようにします。
(*2) 非上場株も、評価額に加えます。株式の過半数を持っていない人にとっては実質的に無価値でも、全員の合意で0円と評価すると決めた場合でなければ、決めた評価額を加えることになります。(▲本文に戻る)
(*3) 本文では書きませんが、相続税の支払いのことを忘れてはいけません。Aが不動産を取って、預金は相続しない、という場合、Aは自分の相続税を払うためのお金をどうするのか、考えなければいけません。その不動産を処分しなければ税金のためのお金が作れない場合には、そもそも、その不動産を取得する意味がありません。場合によっては、3人で不動産を売って相続税のためのお金を作り、その残金や他の財産を分けることを考える必要があります。(▲本文に戻る)
・実際は何度も計算をします
これが法定相続分で複数の財産を分ける場合の基本です。
一番の問題は不動産などの評価になります。先に評価額を決めると書きましたが、これは説明を分かりやすくするためにそう言っているだけです。実際は、まず自分の取りたい財産があって、そこから話を始めるのが普通かと思います。
話合いの最中に、色々な評価方法や評価額が出てきます。また、取りたい財産があっても、預金が沢山ほしいとか、代償金が払えない場合など分割方法を変える場合があります。そのため、その都度、数字を入れ替えて計算をして、結果がどうなるのか確認する必要があります。
そんな面倒なことをしなければならないのか、と思うかも知れませんが、これはあくまでも、厳密に法定相続分で分ける場合の話です (*4) 。合意さえすれば、どんな形でもかまわないのです。
(*4) 相続税を考慮すると話がもっと複雑になります。特に不動産の場合には各種の減額措置が取られているので、遺産を完全に同じ割合で分割したとしても、どの資産を取ったのかによって、各人が支払う税金の額が違ってくる可能性があります。ただし、相続税の評価額で不動産の評価をすると、評価が実勢価格と比べて安くなり過ぎたり、複数の不動産がある場合には、不動産ごとに実勢価格との差が大きく違うということも起こります。(▲本文に戻る)
5.とりあえず合意が成立した遺産について協議書を作る場合
遺産分割協議書は、1通に全部まとめなければならない、ということはありません。財産ごとに複数作成することも可能です。
複数の遺産がある場合、とりあえず合意が成立した遺産についてだけ分割協議書を作ることも可能です。例えば、3人の相続人A、B、Cがいて、ある遺産についてAが相続することが決まったけれども、他の遺産についてはなかなか決まらないという場合、とりあえず、決まった分について分割協議書を作ることが可能です。
ただし、この場合、注意しなければならないのは、残りの遺産についてのAの取り分をどうするのか、ということです。Aが「他の遺産はいらない」、という場合は、残りの遺産については、Aを除く2人で話し合って決めることになりますが、その場合も、遺産分割協議書にはAの署名押印が必要になります。このため、BとCが、「Aは、残りの遺産はいらないと言っている」と思い込んで、最初にAが取得する遺産について分割協議書に署名押印したのに、後になってAが「他にも遺産がほしかった」と言い出して、その遺産の分割協議書を作ることができない場合もあり得ます。
このようなトラブルを防ぐためには、最初の遺産分割協議(Aだけが取得する財産について遺産分割協議)の時に、Aが他の相続財産を取得しないことを合意するかどうか、取得を希望している場合にはその割合をどうするのか、書面にしておく必要があります。
弁護士 内藤寿彦(東京弁護士会所属)
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