1人だけがんばるのは有利か不利か
オフィスビルやアパートなど、他の入居者がすでに退去しているのに、1人だけがんばって立ち退きに応じない、ということがあります。
この1人との間で、賃貸人側は裁判をすることになります。
すでに立ち退きをした賃借人と同じ事情しかなく、他の賃借人と同じか若干有利な立退料の提示があったのに、立ち退きに応じないで1人でがんばっている場合、裁判所からは、あまりいいように見えません。
特に建物の建替えの場合には、新しい建物が完成するまで新しい入居者を入れることができません。つまり、物件がビルやアパートの場合、他の入居者が立ち退くと、空室のままの状態になります。このため、賃貸人に損失が発生し、時間とともに拡大します。この状態で、1人の賃借人が、裁判の引き延ばしをして立ち退き料の増額を求めていると思われる場合、賃貸人の弱みにつけこんでいるように思われます。要求している立退料の額が相当額を超える場合はなおさらです。
ただし、他の賃借人が立退料なしで退去したとか、かなり低額の立ち退き料で退去した場合には、賃貸人がかなり強引に他のテナントを立ち退かせた可能性もあります。このような場合に、相当額の立退料を要求し、裁判の進行も、特に引き延ばしをしているようには見えないときには、裁判所も相当額の立退料を認めると思います。
しかし、他のテナントの立退料額は、賃貸人側が主張しない限り裁判所には分かりません。賃貸人がこれを明らかにした上で、1人でがんばっている賃借人を非難する場合には、賃借人の弁護士は、合理的な理由があってがんばっていることの説明と証明をする必要があります。
また、他のテナントが退去している場合でも、それらとは事情が違う場合には、同じ条件での立ち退きに応じないことに理由があります。例えば、商業ビルで、他の入居者は、移転が容易なオフィスなのに、飲食店や物品販売店など、その場所でなければならない事情が強いため、他のテナントと異なり、営業補償など多額の立ち退き料を求めるのは、合理的な理由があります(*1)。
判決の中には、他のテナントが立ち退きをした後で、賃貸人側のいう正当事由(建物の建替えの必要があること)を争った例もあります。建物が老朽化していないし、耐震強度不足でもない商業ビルの事例でした。この場合、建替えを計画しても、正当事由がないとされる可能性があります。
しかし、このようなビルでも、他のテナントが退去したのに1人だけがんばって残っていたテナントについて、比較的通常の立退料で明渡の正当事由があるとしたものがあります(東京地裁平成24.8.28判決)。そのテナントが、どうしてもそのビルにいなければならない事情がなく(事務所として利用して、ビルの周辺に得意客が多いという業種でもありませんでした)、また、入居していた期間も長くないのに、1人だけ立ち退きを拒んでいるのが、裁判所から見るといかがなものかと思われたようです。なお、正当事由について、判決は「本件建物全体が他の賃借人の理解により,もはやほとんどが空室になっていたことを中心とする、本件建物の利用状況は,基本的に正当事由を基礎付け得る」と言っています。
(*1) いくら他のテナントよりも多額の立退料をもらわないと立ち退きできない場合でも、相当額を超える立退料を要求し、その要求を通すために裁判の引き延ばしをするのは、逆効果になる可能性があります。裁判例の中には、どうしてこのテナントに対して、こんなに少ない立退料なんだと不思議に思えるものがありました(東京地裁平成22年 5月20日判決)。判決の中で賃貸人が、他のテナントが立ち退いた後の空室による損害を強調していた上、訴えから一審の判決まで3年かかっていました(時間がかかったのは賃借人側の問題のようです)。それが理由で立退料が低額になったのかどうか、判決には書いていないので、本当のところは分かりません。しかし、判決に仮執行宣言(控訴されても、建物の明け渡しの強制執行ができるという決定)が付いているので、裁判官が賃借人に対して、いい印象を持っていなかったと思います。しかし、退去した他のテナントも、ほとんどが立退料なしで退去したということですから、かなり強引な立ち退きが行われたのではないかと思います。判決は他の賃借人が無償で退去したり、低額の立退料で退去したのに裁判の被告(賃借人)が高額な立退料を要求するのを、不当と評価したようですが、やや一方的な見方のような気がします。(▲本文へ戻る)
弁護士 内藤寿彦 (東京弁護士会所属)
内藤寿彦法律事務所 東京都港区虎ノ門5-12-13白井ビル4階 電話 03-3459-6391