賃貸人(建物所有者)の都合で、落ち度のない賃借人に建物から退去してもらいたい場合、「出ていってほしい」と言って了解してもらえなければ、法律のルールで対応することになります。基本的には、「正当事由」が必要です(正当事由については「4.正当事由」をご覧ください)。そして、正当事由を充たすために、ほとんどのケースで立退料を支払う必要があります。また、形式的な要件ですが、一定の時期までに契約を終了させるための通知を送らなければなりません。ここでは、そのような基本的な事項について弁護士が説明します。ご相談もどうぞ(立ち退きを求められている賃借人からのご相談もお受けします)。
※立退料の金額や正当事由の内容など詳しく知りたい場合は、「6.関連記事」から、記事のある場所に移動できます。
※ここでは、賃借人に落ち度がない場合のお話をします。賃料不払いなどの契約違反がある場合は「その1(家賃滞納の法律相談)」や「その3」の「特約違反などの契約解除」をご覧ください。
※定期建物賃貸借契約(定期借家契約)の場合は期間満了で契約が終了して更新しません(再契約はできますが、更新とは全く違います)。これについては、「その3」の「定期借家契約」をご覧ください。※ここに戻る場合は、画面上の左の「←」をクリックしてください。
【目次】
1.建物賃貸借は継続が原則
(1) 期間満了しても契約は続きます
(2) 法定更新
2.契約終了のための通知
3.契約期間途中の契約終了 (賃貸人の中途解約条項)
4.正当事由とは
5.立退料
6.関連記事
1.建物賃貸借は継続が原則
(1) 期間満了しても契約は続きます
建物の賃貸借契約は、2年程度を期間として契約することが多いと思います。
しかし、期間が満了したので賃貸人が賃借人に立ち退いてもらおうと思っても、そうはいかないのが原則です。
契約書に書いてある2年の期間が満了する場合、通常は事前に「更新」の合意をして更新料を受領して、また2年程度の契約をします(*1)。しかし、賃貸人側で、もう更新しないで立ち退きをしてもらいたいと思っても、賃借人がこれを拒否すると、期間満了後も契約が続くのが原則です(「正当事由」があれば別です。後で説明します)。
(*1)建物の賃貸借の更新料については「(その3)建物賃貸借の各種相談」の「更新料」をご覧ください。
(2) 法定更新
更新の合意をしないまま期間が過ぎた場合でも、契約は続きます。これを「法定更新」と言います。法定更新の場合、更新後の契約は「期間の定めがない」契約になります(*1)。
期間の定めがない賃貸借契約の場合、賃貸人は、いつでも解約の申入をすることができます。そして、それから6か月が経過すると契約は終了します。しかし、解約申入に「正当事由がない」場合には、契約は終了しません。そのまま契約は続きます。
なお、ここでの説明は、あくまでも当事者間の話し合いで解決がつかない場合を前提とします。「大家が出て行ってほしいと言っているんだから立ち退きます」という人もいるでしょうし、数か月の猶予期間で立ち退きますという人もいるでしょう。
(*1) 契約書によっては「満了前○か月以内に双方から異議がないときは自動的に前と同じ内容で更新する」と書いてある場合があります(自動更新条項などと言われています)。この場合に、双方から異議がないまま期間が満了すると、その後は前の契約と同じ期間の定めのある契約になります(つまり、法定更新ではありません)。ただし、この内容の契約でも、賃貸人が異議を述べる(自動更新はしないと言うこと)と、期間満了後は「法定更新」して期間の定めのない契約になります。(▲本文へ戻る)
2.契約終了のための通知
賃貸人側から賃貸借契約を終了させるためには、正当事由が必要です。しかし、正当事由があれば自動的に契約が終了するわけではありません。正当事由があっても、法律上の手続をとらないと、契約を終了させることはできません。
期間の定めのある契約(例えば、2年の契約期間のある契約)の場合には、契約期間満了の1年前から6か月前までに「更新をしない」(更新拒絶)という通知を出さなければなりません。これをしないと「正当事由」があっても法定更新してしまいます。(*1)(*2)
また、この通知を出しても、期間満了後も賃借人が建物の使用を続けている場合、そのまま放置すると法定更新したことになります。契約終了後、立ち退きをするように通知するなどの必要があります(本気で立ち退きをしてもらいたいのなら裁判などの必要もあります。弁護士に相談した方がいいでしょう)。
また、最初から期間を決めないで契約した場合(あまりないと思います)や、法定更新をした後は「期間を定めない契約」になるので、いつでも解約申入の通知をすることができます。しかし、この場合にも「正当事由」が必要です。「正当事由」があれば、通知から6か月後に契約は終了します。この場合も、終了後に賃借人が建物の使用を続けている場合に放置すると、解約はなかったことになります。
(*1)期間満了前の6か月を過ぎたら、満了後の法定更新まで待たないと解約申入もできないのか、という問題があります。条文を読むと、解約申入の通知は6か月で解約の効果が発生するとは書いてありますが、いつまでに出さなければならないかは書いてありません。法定更新後でなければ解約申入ができない、とは書いてないのです。つまり、期間満了前の6か月前を過ぎてしまうと更新拒絶はできないのですが、例えば、満期の6か月前の次の日に「解約申入」をすると、期間満了前も、解約申入に必要な6か月の期間が進行し、満期の日の翌日に法定更新するのですが(6か月には1日足りませんから)、その翌日には解約申入の効果で、正当事由があれば契約終了になります。
ところで、期間満了の6か月前を過ぎた後で更新拒絶の通知を出しても無効ですが、解約申入の通知とみなすことができるという裁判例があります(東京地裁平成29年 1月17日判決)。解約申入の通知とみなすことができるなら、全部、解約申入と同じことになりそうですが、この判決はそうは言っていません。この判決は、解約申入とみなすことができる「無効な更新拒絶」を出した場合、解約申入の効果は、更新前の契約期間中は6か月の期間に含まれず、法定更新後に6か月の期間が始まり、それから6か月で解約するとしました(結局、法定更新後に改めて解約申入するのと変わりません)。無効な「更新拒絶」を解約申入とみなして助けてあげても、無制限に有効な解約申入と同じようには扱えない、ということだそうです(判決文にはそう書いてあります)。
期間満了の6か月前を過ぎた後で、無効な更新拒絶を出すのも、有効とは言え解約申入を出すのも、本当は有効な更新拒絶を出したかったのに、間違えてしまったことは誰にでも分かります。恥ずかしい話なので、期間満了6か月前までに更新拒絶を出すようにしましょう。
なお、これとは話が違いますが、自動更新条項には注意しなければなりません。例えば、「6か月前までに異議のない場合には自動更新する」という特約のある場合は、6か月前までに異議を述べないと法定更新ではなくて自動更新してしまいます。この場合、次の期間満了を待つしかありません(こんなこともあるので、貸主にも期間途中の解約条項をつけた方がいいです。これについては次の「期間途中の契約終了(賃貸人の中途解約条項)」をご覧ください)。(▲本文へ戻る)
(*2)1年以上前に「次回の期間満了時には、立ち退いてほしい」と言うことは、何の問題もありません。更新が繰り返されて、何十年にもなるようなテナントに、建物老朽化を理由に立ち退きを求める場合、早めに事情を説明して対応を考えもらう、というのは普通の話です。ただし、これは正式な更新拒絶の通知ではありません。1年以上前から立ち退きの話をしていた場合でも、期間満了の1年前から6か月前までに正式な、更新拒絶の通知をしなければなりません(話し合いが継続していたということは、更新拒絶の意思を継続して通知していたことになりますが、念のため、期間内に正式な通知を出しておいた方がいいです)。(▲本文へ戻る)
3.契約期間途中の契約終了(賃貸人の中途解約条項)
これまでお話してきたように、期間の定めのない場合には、いつでも解約申入の通知を出すことができ、正当事由があれば、通知から6か月経つと契約は終了します。しかし、期間の定めのある場合には、正当事由があっても、期間の満了まで待たなければなりません(期間満了前でも、裁判を起こすことはできます。その裁判は「期間が満了したら、建物を明渡すように求める」というものです。この点は、「立ち退き問題の手続の流れ」の中の「裁判をする場合」 をご覧ください。)。
ただし、例外はあります。契約書に「賃貸人は期間内でも解約申入をすることができ、解約申入から6か月を経過すると契約は終了する」という特約がある場合です。
本来は、期間の定めのある契約の場合、期間が満了しないと正当事由があっても、契約を終了させることができません。この点は、賃借人も同じですが、賃借人の場合は、期間途中でも1か月から3か月前の申し入れを条件に、中途解約を認める条項があるのが普通です。
そして、賃貸人の場合も、同じように期間途中でも解約申入をすることができるという条項がある場合があります(個々の契約によりけりです)。
賃貸人の中途解約を認める条項がある契約書は、通常、解約申入から6か月が経過すると期間途中でも契約が終了すると書いてあります。(*1)
このような賃貸人の期間内の解約の特約(解約権留保特約とも言います)は有効性が問題になりました。古い裁判例で有効とするものと無効とするものとがありました。しかし、現在は、裁判所は有効という扱いです。ただし、契約終了のためには、正当事由が必要という点は変わりません。(*2)
(*1) 解約申入から契約終了までの期間は、「6か月」にするのがよろしいと思います。それ以上長いのは意味がありません。また、6か月よりも短いと特約自体の有効性(正当事由があっても期間内解約ができるかどうか)に問題が起こります。東京地裁平成22年 9月29日判決は、「解約申入から1か月」という特約があった事案です。この判決は、1か月では解約の効果は認められないとしましたが、解約申入から6か月が経過すれば解約申入の効果が発生すると言っているようにも読めます(他にも事情があり、明確ではありません)。しかし、これから契約する場合には、6か月としておくのが無難です。(▲本文へ戻る)
(*2) 賃貸人が、期間内に解約できることになると、契約期間に関係なく、正当事由があれば、6か月で契約を終了させることができることになります。更新料を取っておきながら、期間満了前に賃貸人が解約申入ができるというのは、賃借人にとっては不利な話です。(▲本文へ戻る)
4.正当事由とは
正当事由とは、賃貸人側から賃貸借契約を終わらせようとする場合に要求されるものです。
無論、賃借人に、賃料不払いなどの契約違反があれば、契約を解除できます。ここで言う「正当事由」というのは、賃借人に契約違反がないけれども、契約を終了させても仕方がないという理由です。
更新拒絶や解約申入をする賃貸人側に、賃貸借契約を終了させる正当な理由がある、という意味です。理由があるから更新拒絶や解約申入をするのですから、理由があるのは当然ですが、「正当な」理由が必要なのです。
その一番の理由は、賃貸人が貸している建物を自分で使う必要がある、という場合です。他に住むところがなくてどうしても貸している建物に住まなければならない場合や、商売の都合でどうしても貸している建物を使いたい、というような場合です。
その他、貸している建物が老朽化して危険なので建て替えをしなければならない、とか、木造アパートを取り壊して周辺の状況に合った賃貸マンションを建てたいというような場合が考えられます。(*1) (*2)
しかし、「正当事由」は、このような賃貸人側の一方的事情だけで決まるものではありません。賃借人にとって借りている物件は、生活の拠点だったり、営業の拠点だったりします。賃借人には、通常、その場所を借りていなければならない都合があります。
このため、「正当事由」は、賃貸人、賃借人、双方の事情が考慮されて決まります。
例えれば、天秤ばかりの左右の受け皿に、分銅(重り)のように賃貸人側の都合と賃借人側の都合をそれぞれ載せて、どちらに傾くかということです。賃貸人側に傾けば、「正当事由」があるということになります。
しかし、どちらかと言えば賃借人側の都合の方が重視されます。これは、賃借人がその物件を生活や営業の基盤として現実に使用している場合が多いからです。この状況をひっくり返して、賃貸人の正当事由を認めてもらうために要求されるのが、次にお話する「立退料」です。なお、賃借人の事情が重視されると言っても、物置として使っているような場合などは重視される都合があるとは言えません。
(*1) 耐震強度不足の建物を取り壊し、耐震基準を充たす建物を建てるので、賃借人に立ち退いてもらいたい、というケースが多くあります。この場合、どういう基準で立ち退きを認めてもらえるのか、立退料額はどうなるのかなどについては「耐震強度不足の建物の建替えと正当事由」をご覧ください。(▲本文へ戻る)
(*2)建物の建て替えではなくて、賃借人に立ち退いてもらって、建物を取り毀し更地にして売却したい(賃借人がいるままでは高値で売却できない)という理由だけでは、正当事由が認められるのは厳しいようです。賃貸人の生活などに必要な資金を得るためにどうしても更地にして売却するしかないという場合でないと正当事由は認められません。しかも、その場合でも、立退料で、賃借人の経済的損失を補償する必要があります。この点については、「立ち退いてもらって物件を売りたい」をご覧ください。その他、「正当事由」が問題になる具体的事案については、「正当事由・立退料に影響する事情」をご覧ください。(▲本文へ戻る)
5.立退料
賃貸人の都合の方が弱い、あるいは賃借人と同じ程度という場合、賃貸人から賃借人に立退料を支払うことを条件に「正当事由」が認められることがあります(*1)。
立退料とは、法律上は、賃貸人側の「正当事由」を「補うもの」です。
「補うもの」ですから、単に、立退料を払うから出て行ってくれと言っても、裁判所は認めてくれません(話し合い解決の場合は別ですが)。
天秤ばかりの例で言えば、賃貸人側にもそれなりの事情があるけれども、まだ、はかりが賃借人側に傾いている場合に、賃貸人側の受け皿に「立退料」という分銅を載せて、はかりを賃貸人側にかたむかせる、という感じです。
立退料の金額は、個々のケースごとに双方の様々な事情を考慮して決められます。はかりを例に出しましたが、実際の立退料は、賃貸人の事情と賃借人の事情の差額ではありません。ざっくり言ってしまうと、賃借人がその物件を事業や生活の基盤として使っている場合には、「賃借人がその場所から他の物件に移転して移転前と同じような生活や事業をしようとするときに発生する費用や経済的な損失」を補償するのに必要な金額が立退料になる場合が多いです(裁判ではそのようなケースが多いということです)。賃借人が住居として使用している場合にはそれほど多額にはなりませんが、特に飲食店などに利用している場合には相当高額になる場合があります。
詳しくは、「立退料の相場・計算方法」をご覧下さい。
(*1)ここでは、裁判所が「正当事由」を認めるのに必要な「立退料」という意味で「立退料」という言葉を使います。裁判にならない場合には、「正当事由」があってもなくても、当事者が了解すれば、立退は完了します。その時、「ただというわけにも行かないから」ということで、金額を決めてお金を払う場合があります。これも「立退料」ですが、当事者が合意で決めるものですから、高いも安いもありません。無論、当事者どおしで話し合いで金額を決める場合に、裁判所の基準を参考にすることはあります。(▲本文へ戻る)
6.関連記事
●立退料の金額については、「立退料の相場・計算方法」。立退料の話ときによく出てくる「借家権価格」についても解説しています。
●耐震強度不足の建物の建て替え、テナントがいると高く売れないので立ち退いてもらいたい場合、テナントがいる物件を買い取って立ち退いてもらいたい場合など、個別のケースについての説明は「正当事由・立退料に影響する事情」(このページからそれぞれ記事のページに移動できます。)
●立ち退いてもらうための手続の流れや、立ち退きを求められた側の手続の流れ(弁護士に依頼して裁判になる場合を中心に説明しています)については、「立ち退き問題の手続の流れ」
弁護士 内藤寿彦 (東京弁護士会所属)
内藤寿彦法律事務所 東京都港区虎の門5-12-13白井ビル4階(電話 03-3459-6391)