※ここでは基本的に賃貸人側からのご相談、ご依頼があった場合を前提にご説明します。賃借人側からのご相談があった場合、立場は違いますが、ほとんど同じとお考え下さい(賃借人固有のお話は、必要があれば本文中で説明します)。
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※賃借人の賃料滞納を理由に建物の明渡を求める場合は、「その1(家賃滞納)」をご覧ください。その他の契約違反を理由として建物の明渡を求める場合は、「その3」の「特約違反などの契約解除」をご覧ください。
【目次】
1.どの段階で弁護士に相談するか
2.相談
3.通知と話し合い
4.立退料の提示
5.裁判をする場合
6.和解と和解の内容
7.判決
(1) 判決と仮執行宣言
(2) 控訴審の手続
(3) 判決と立退料の支払い義務
8.裁判中の賃料の支払い
(1) 契約上の賃料を払えば足ります
(2) 倍額の違約金を支払うという条項がある場合
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1.どの段階で弁護士に相談するか
期間満了や建物の建て替えなどを理由として建物の立ち退きをしてもらう場合、当事者間での話し合いが難しいと思ったら、弁護士に相談することをお勧めします。
自分では立ち退きの申入や交渉ができない、ということで、交渉前の段階で相談に来られる方もいます(立ち退きを求められた側も、立ち退きの申入があった時点で、相談に来られる方もいます)。交渉自体に、法律上の知識や交渉方法に関する知識も必要ですし、立退料としていくら提示していいのか分からないのが普通です。また、事案や相手方によっては、最初から裁判を前提に手続や準備を進めた方がいいケースもあります。その判断も必要ですから、この段階で来られるのが1番好ましいと思います。
当事者間で交渉して、立退料の金額がどうしても調整がつかないので相談に来られる方もいます。この場合、管理している不動産会社を介して交渉する方もあれば、不動産会社を介さないで直接、交渉する方もいます(*1)。条件の開きが大きくて、交渉がまとまらないので弁護士に相談するケースです。
交渉前でも交渉途中でも、賃貸人側でこれは難しいと思ったり、賃借人側で対応するのが面倒だと思ったら、弁護士に相談することをお勧めします。
(*1)不動産会社が当事者に代わって立ち退き交渉をすることは、弁護士法違反の問題があります。このため、賃貸物件を管理している不動産会社でも、この種の交渉に関与しない会社が多くなっています。(▲本文へ戻る)
2.相談
相談のときには、どういう事情で立ち退きを求めたいのか、また、賃借人の建物使用状況について分かっていることをお伝えください。
その際、立ち退き料が必要でしょうか、という質問を受けますが、落ち度のない賃借人に出て行ってくれと言うお話です。そうなると、やはり立ち退き料は必要でしょう、ということになります(契約違反などの落ち度がある場合には別の話になります)。
いくらでしょうか、ということについては、相手次第という要素も強いので、最初のご相談の時点で明確にいくら、というお答えは難しいです。大まかな目処や、裁判例などを前提としたご説明は可能です(立ち退き料の相場・計算方法については「立退料の相場・計算方法」をご覧ください)。(*1)
今後の手続や、弁護士費用などの説明、その他、弁護士に依頼する前提としてお知りになりたいことはご説明します。
(*1) 具体的な数字以前の問題として、明らかに常識的に考えられる立退料よりも、遙かに低い金額を想定して立退交渉をしようとする方もいます。後日、予算を上げることができる場合はまだいいのですが、そんなに支払えない、そんなに払ったら、明渡を受けても再築ができない、ということもあります。つまり、計画が頓挫してしまいます。その意味では早めに弁護士に相談した方がいいと思います。(▲本文に戻る)
3.通知と話し合い
ご依頼を受ければ、更新拒絶や解約申入の通知を内容証明郵便で出します(依頼前に内容証明で通知している場合には、弁護士が依頼を受けたことを伝える文書だけを送ることもあります)。
なお、交渉を開始する前の通知ですが、ネットで見つけた文例を見ながら書けるという方もいますが、裁判になった時に不利な証拠になるようなことは書かないように注意しなければなりません。
また、相手によっては感情を害して余計な争いになることもあります(感情的になって徹底抗戦をするということもあります)。裁判まで考えるのなら、文書の作成、送付からその後の対応(交渉ということになります)も含めて、弁護士に相談した方がいいと思います。
文書の内容については、事案にもよりけりですし、弁護士の個性もありますが、まだ、一度も正式な交渉をしていないような場合は、正式な更新拒絶の通知を送る前に、立ち退いてもらいたい事情を説明する文書を送り、交渉に入ることも考えられます。
なお、正式な更新拒絶通知を出さないと、期間満了で更新してしまいます(特に自動更新条項がある場合には注意しましょう)。話し合い継続中でも、一応、「形式として内容証明郵便で更新拒絶の通知を出します」と断った上で、更新拒絶の通知を出すこともあります。更新拒絶の場合は期間満了の6か月前までに出さなければなりません。
この間に話し合いで解決できる場合もありますが、話し合いで解決できない場合でも、相手方の立場や希望、要求を裁判の前に聞いておくことは意味があります。ただし、時間稼ぎのためかあいまいにする相手方もいます。その場合には、準備ができ次第、調停申立をしたり、裁判を起こします(後でもお話しますが、期間満了を待つ必要はありません)。
なお、耐震強度不足を理由にする場合でまだ耐震検査をしていない場合や、立退料の評価を不動産鑑定士に依頼する場合など(オフィスや店舗の場合です。住居の場合は、不動産鑑定士に依頼することはほとんどありません)、この段階で、検査や評価の依頼をします。6か月の期間は、そのための準備期間の意味もあります。耐震検査は、更新拒絶などの正当事由の基礎になるので、訴えを起こす時に必要になります(検査すればほぼ確実に耐震強度不足という結果が予想される場合には、検査しないで調停を起こすこともありますが、正式裁判の場合には、検査が必要です)。立退料については、不動産鑑定士の意見を聞かないと交渉できないことが多いので、正式な鑑定書ができる前の段階で鑑定士に概ねの金額を聞くこともあります。(*1) (*2)
(*1) 立ち退き料の算定のために、店舗内の備品や内装、賃借人の売上や費用、従業員の給与などを調べる必要があります。賃借人側に立退料の鑑定をすることを説明して、それらの資料を出してもらえればいいのですが、拒否される場合もあります。飲食店など不特定の人が出入りできる場合や、交渉などのために物件内に立ち入ることができる場合には、備品や内装はある程度、把握できます。経理関係の資料を賃借人側で出してくれない場合には、不動産鑑定士は、統計資料などから推計します。売上などが実際よりも少なかった場合(賃借人に不利になっていた場合)は、裁判になった後で、賃借人側が実際の売上などを明らかにするので、不動産鑑定士に訂正してもらえば足ります。
(*2) 賃借人から依頼を受けた場合ですが、賃借人側でも、希望する立退料額を決めないと交渉になりません。居住目的(住居)の場合やオフィスの場合(得意先がオフィス周辺でない場合)には、移転費用は賃借人でも調べられるのでだいたいの数字は出てきます。しかし、物品の販売店や飲食店など、賃料差額や内装設備費などが問題になるケースでは、立退料額が多額になると予想されますが、その数字がでてきません。その状態で、賃貸人側から「いくら希望しますか」と聞かれても困ります。当事者(賃借人)に希望額を聞いても「分からないけど多い方がいい」と言ったり、バブル時代の話が記憶にある経営者は、根拠のあるなしに係わらず、とんでもない数字を言ったりします。しかし、根拠のない数字では賃貸人側も納得しません。そのため、賃借人側の弁護士は、まず合理的な数字を示して賃借人に納得してもらい、それをもとに賃貸人と交渉する必要があります。そこで、交渉段階で、不動産鑑定士に依頼して立退料額を出してもらう場合があります。ケースによっては、裁判所に提出できるような正式な書面を作成してもらい、それを賃貸人側に示して、賃貸人側と協議することもあります。その場合は、解決時間を含めて裁判になるよりも有利に解決できることを相手方に説明して交渉します。
4.立退料の提示
ほとんどの立ち退き事案では、多かれ少なかれ、立退料を支払うことで正当事由が認められます。立ち退きの交渉は、立退料の交渉になる場合がほとんどです(中には、なかなか具体的な希望金額を口にしない賃借人もいますが)。
ところで、いつまでに賃貸人は賃借人側に、立退料の額を伝える必要があるのでしょうか。例えば、最初の通知(更新拒絶や解約申入の通知)の段階で、立ち退き料としていくら払うと書かなければならないのでしょうか。
結論を言いますと、法律上は、裁判をやるなら、裁判が終わるまで(次回判決となる前)には、正式に立退料の提示をする必要があります。それ以前は、法律上は立退料の提示の必要がないことになります。しかし、裁判になれば、和解の時には裁判官に立退料額の心づもりを伝える必要がありますし(裁判官がそれをストレートに相手方に伝えるのかどうかはその時の状況によります)、交渉段階でも相手方に支払おうとする立退料の額を伝えないと交渉になりません(*1)。
しかし、更新の拒絶の通知には、更新の拒絶をすることだけを書いて、立退料を払うかどうか何も書いてなくても、法律上の問題はありません。解約申入の通知も同じです。(*2)
また、裁判を起こす段階でも、立退料を払うかどうか何も書いてなくても法律上の問題はありません。どうするのかは、それまでの交渉の経過や予想される展開で判断します(*3)。
また、最終的な提示の前に、金額を増額するのも自由です(一旦、提示した後で減額するのは避けた方がいいです。しかし、本人が交渉して交渉段階で提示した金額を、弁護士が就いて裁判を起こす段階で減額するのは、不動産鑑定士の意見を聞いたなどの理由があれば、悪影響はありません)。
なお、提示というのは、「払う」という言うだけで足り、実際にお金を見せる必要はありません。
裁判所は、判決をする場合には、最終提示を見た上で、判断します。しかし、後でもお話しますが、裁判所は、その提示額以上の金額を支払うのと引換に建物の明け渡しを認める判決を書くこともできます。
それは、「これだけ出すとは言っているが、立ち退きを認めると言えば、あともう少しは払うだろう」と思われる金額です(2倍、3倍でもいいとされていますが、あくまでも、事案や当事者によりけりです)。
しかし、裁判の途中で「絶対にこれ以上出さない。これでダメなら明け渡しは諦める」と言っていたような場合(裁判官からもっと金額を上げるように説得を受けて拒否したような場合です)には、それを尊重して明け渡しを認めない判決を書きます。
いずれにしても、立退料の金額は、裁判が終わるまでに「正式に」提示する必要があります。
正式な提示というのは、裁判の中で、訴えの内容を「立退料○○円を支払うのと引き換えに建物を明け渡せ」という内容にしたり(最初の訴えの段階からこのような訴えをしていて、金額を変えない場合はそのままです)、裁判所に提出する書面で、「立退料として○○円を提示する」などと記載することです。要するに、書面で、立退料額を提示することです。口で言った場合に裁判官が「それを立退料の提示額として調書に記載します」と言って、調書に記載した場合もこれに当たります。
裁判所で和解交渉をしているので、裁判官が判決でどういう金額を書くのはかはだいたい見えてくる場合もありますが、分からない時は分からないです。それでも、訴えが認められないくらいなら、裁判官が適当と考える金額を出すということで、具体的な金額の他、「その金額では認められない場合には、裁判所が適当と考える金額」という提示をする場合もあります。
このような提示をして、予想外に高い立退料の判決が出た場合、控訴できないわけではありませんが(一定額の提示をした上で、「その金額で認められないなら」という条件が付いた提示ですから)、控訴審でやりにくいことは間違いありません。このため、例えば2000万円が妥当と思っているのに、賃借人側が、依頼した不動産鑑定士の意見書を引用して、1億円などと言っている場合には、そんな金額を裁判所が認めるはずがないと思っても、「裁判所が適当と考える金額」とは書きにくいです(依頼者が「裁判所が言うなら1億でも出す」と言うならいいですが)。
(*1) 交渉段階では、賃借人側が「出ていくつもりはない」という回答でそれ以上、話が進まないこともあります。また、話し合いををすること自体も拒否する場合があります。時間の引き延ばしが目的だと思われる場合には、裁判を起こします。(▲本文へ戻る)
(*2) 最高裁平成 3年 3月22日判決でこの問題が解決しました。それ以前は、更新拒絶や解約申入の時に立ち退き料の提示が必要で、立ち退き料額を変更(増額)する場合には改めて解約申入が必要ではないかとか、変更したらそれから6か月経過するのを待つ必要があるのではないか、など混乱していました。この最高裁判決で、更新拒絶や解約申入の通知に立退料額を書く必要はなく、増額の提示をしても改めて解約の通知をする必要もなく、また、それから6か月待つ必要もないことになりました。(▲本文へ戻る)
(*3) 通知の段階では書くこと自体難しい場合が多いです。しかし、訴え提起の段階で立退料の提示をしないと、裁判に時間がかかるという問題が起こります。多くの場合、賃貸人側は、早く勝負を仕掛ける必要があります。そのため、訴えを起こす段階で、全ての証拠や主張をそろえる必要があります(その後の進行で必要があれば追加します)。つまり、訴状の段階で、不動産鑑定士の意見書を証拠に出して、「立ち退き料○○円を支払うのと引換に建物を明け渡せ」という訴えを起こすのが妥当な場合が多いと思います。(▲本文へ戻る)
5.裁判をする場合
裁判と言っても、調停の申立から始める場合もあります。調停ではなく、最初から訴訟(普通の裁判)の場合もあります。どちらにするのかは、ケースによりけりです。要求に開きがあり過ぎる場合には訴訟にするのが一般的ですが、そのような場合でも、調停申立をする場合もあります(*1)。調停で解決できない場合には、調停の後で裁判を起こすことになるので、調停にかかった期間(半年程度)、回り道をしたことになります。しかし、調停で解決すれば裁判よりも早く解決します。
調停で解決しない場合や、最初から裁判の方がいいと思う場合には、裁判(訴訟)を起こします。
調停や裁判を起こす時期ですが、期間満了まで待つ必要はありません。満期前でも可能です(この場合は、「満期になったら、建物を明け渡せ」という判決を求めることになります。これを「将来請求」と言います)。賃借人が立ち退きを拒んでいて、期間が満了しても自発的に退去しないことが予想されるという理由が必要になります。交渉段階でそのことが分かるはずですから、特に問題はありません。裁判もそれなりに時間がかかるので、期間満了前に訴えを提起しても、裁判をやっているうちに期間満了した、ということは珍しくありません(満了までに裁判を終わらせなければならない、ということもありません)。訴えを提起した時点では「将来請求」だったのが、裁判中に期間が来たので将来請求ではなくなったというだけの話です。
なお、調停も裁判も、弁護士が代理人になれば、ご本人は出頭の必要はありません。しかし、賃借人側で、立ち退きに応じられない特別な事情があり(居住用の場合は本人や家族の特殊事情、事業用の場合は事業の特殊性など)、それを裁判官に説明する必要がある場合などは法廷で尋問を受けることになります(賃借人側からの申立が必要ですから、尋問を希望しない場合には尋問は行われません)。
裁判になった場合、最初のうちは賃貸人側、賃借人側それぞれの事情を書面に書いて、証拠と一緒に提出します。書面は弁護士がご本人と打ち合わせをした上で書きます。証拠も、「このようなものはありますか」という形で弁護士からご本人にお願いして集めてもらったり、弁護士が直接、集めたりします。
賃貸人が不動産鑑定士の意見を出すと、賃借人側も、不動産鑑定士が作成した、立ち退き料の意見書を出す場合もあります(結構、普通です)。その場合、依頼した鑑定士にお願いして、反論の意見書を作成してもらい、それを証拠として出す必要があります。
(*1) 調停の管轄ですが、一般の調停は、相手方の住所地を管轄する簡易裁判所になります。しかし、建物の明渡や立退料などの調停は、建物がある場所を管轄する簡易裁判所が管轄裁判所になります(このような調停を宅地建物調停といいます。宅地建物調停の管轄は物件所在地です)。なお、当事者が合意すれば、簡裁裁判所ではなく、地方裁判所も管轄裁判所にすることができますが、その場合も、物件所在地の地方裁判所になります。合意があっても、それ以外の裁判所は管轄裁判所にできません。(▲本文に戻る)
6.和解と和解の内容
話が煮詰まってくると、裁判官は和解ができるかどうか打診してきます。お互いの事情はそれ以前の書面ででているので、基本的には立退料をいくらにするのか、という話になります。
和解は接点の探り合いになります。裁判官も和解で終わらせたいことが多いらしく(*1)、説得しやすい方を説得する傾向があるようです。ただし、強気になり過ぎて、無茶なことを言っていると、元も子もなくなる可能性があります。
和解が成立した場合の和解の内容ですが、まず、和解の日をもって建物の賃貸借契約を合意解除します。これは、借地借家法の効力を取り除くためです(短期間の賃貸借契約を結ぶと、またまた正当事由がないと終了させられなくなります)。このように賃貸借契約を合意解除しますが、建物明け渡しまでは、賃借人側は、それまでと同様に建物を使うことができます(和解の条項には特に書きませんが当然のこととされています)。それから、建物の明け渡しの猶予期間を決め、猶予期間が終了するまでに、立ち退き料と引換に建物を明け渡すことにします。そして、猶予期間中、使用損害金という名目で賃料相当のお金を支払ってもらいます。それまでの賃料の支払い先の口座に振り込んでもらうのが普通で、支払いの時期も、賃貸借契約が「当月末日までに翌月分賃料を支払う」ということなら、当月末までに翌月分の使用損害金を支払うことにします(使用損害金の先払いはちょっと不自然ですが、問題はありません)。そして、明け渡しが月の途中なら、それまでの日割り分を差し引いて当月分の賃料を返します。(*2)
このような内容の和解条項が書いてある和解をします(裁判所が「和解調書」を作ります)。この和解は、裁判官の目の前で、双方の代理人弁護士が直接、顔を合わせて締結するため、当事者が判子を押すことはありません(これもよく質問されます)。
(*1)一般的に、民事事件は、互いに納得して解決する和解がよいと言われています。しかし、中には白か黒か決着を着けなければならない案件もあります。正当事由を理由とする建物明け渡しは、白黒はっきりさせるものではないので、和解で終わらせるのが妥当なことが多い案件です。(▲本文へ戻る)
(*2) この他、和解の条項の中に必ず入れる条項として、「明け渡しの時に賃借人が建物内に残したものは、その所有権を放棄して、賃貸人にその処分を委ねる」というものがあります。これは、確実に期限内に明け渡しを完了させるために必要な条項です。後日のトラブルの防止にもなります。また、保証金、敷金は、立退料とは別に返すことになるので、明渡後、相当期間内に返還することも和解条項に入れます。(▲本文へ戻る)
7.判決
(1) 判決と仮執行宣言
どうしても和解ができなければ判決になります。
この種の裁判は、主な争いは立退料の金額になります。判決後に話し合いをして明渡の猶予期間を決めて解決する場合もありますが、一審で和解で解決しないで判決になったのですから、今度は、高等裁判所で決めてもらおうと、控訴する場合が多いと思います。
希ではありますが、この種の建物明渡請求事件の判決に「仮執行宣言」がつく場合があります。
家賃滞納を理由とする建物明渡の請求や、金銭の支払い請求などの場合、「仮執行宣言」がつくのが通常ですが、
正当事由で契約を終わらせる裁判では、落ち度のない賃借人に、猶予期間なしで立ち退かせるのは酷だという判断や、高裁で和解で終わらせた方が解決方法として妥当だという判断から、仮執行宣言を着けないことが多いです。
どんな場合に、この種の事件で仮執行宣言が付くのか、色々な判決を見たり、自分の経験で言うと、一定のルールはなく、裁判官が賃借人にいい感情を持っていない場合が多いように思います(法外な立退料を求めて、裁判の引き延ばしをした場合など)。
建物の明渡に仮執行宣言が付くと、賃借人が控訴しても、高裁の審理を待つまでもなく、建物明渡の強制執行ができます。ただし、立退料との引き換えが条件になっているので、強制執行のためには、立退料を先に支払うか供託する必要があります(これが強制執行申立の要件になります。執行文付与の要件ではありません)。供託は、立ち退き料を支払おうとしたのに受け取りを拒否されたことが要件になるので、一旦、裁判所が認めた立退料を現実に提供する(賃借人の住所で目の前にお金を差し出すなど)必要があります。
仮執行宣言が付いて、強制執行申立をすると、仮執行と言っても、建物明渡の強制執行そのものが行われます。つまり、荷物を出して、明渡をすることになるので、立退は完了してしまいます。賃貸人側から見ると、早く済んでいいように見えますが、賃借人が裁判所に「強制執行の停止」を求めて、裁判所が認めると強制執行ができなくなります。強制執行の停止のためには一定の保証金を供託する必要がありますが、家賃滞納事件と違って、賃借人は供託するお金が用意できないわけではありません。裁判所も、高等裁判所での裁判が行われていない段階で、生活も事業もできなくなるのは可哀想という判断があるので、供託金さえ払えば強制執行の停止を認めます(供託金は原則として後で戻って来ます)。
仮執行宣言が付いた場合、賃貸人側の弁護士は立場上、何かしなければなりません。通常は判決が出るとすぐに強制執行の停止の申立をしてその決定がでるので、その段階(つまり、何もしていない段階)で強制執行ができなくなります。しかし、強制執行の途中(強制執行は、執行官の催告と本執行の2段階なので、催告後、本執行の前)で強制執行停止の裁判が出ると、無駄に執行費用をかけたことになります。特に、本執行の直前に強制執行停止になると、執行補助者にキャンセル料を支払わなければなりません。つまり、賃貸人にとっても、この種の事件で仮執行宣言が着くことが必ずしもいいとは限りません。
(2) 控訴審の手続
仮執行宣言が付かない場合や、仮執行宣言がついても強制執行停止になった場合には、控訴されると高裁で決着がつくまで強制執行できません。
しかし、地裁では徹底して争っていた場合も、高裁になると和解で決着が着くことが多く、和解が成立すれば、和解で決まった日まで猶予期間が与えられ、その間に引っ越しをして、立退料と引き換えに明け渡しをすることになります。つまり、穏便な解決になります。
判決から2週間の控訴期間内に控訴すると、控訴した側は、控訴した日の翌日から数えて50日以内に控訴の理由書を提出する必要があります(理由書の提出期間を過ぎても、それだけで控訴棄却にはなりませんが、裁判所は提出を待たないで期日を入れます) 。
高裁では、控訴理由書の提出期限後、控訴された側の反論書の提出を予定して、第1回の期日を開くため、一審の判決から第1回期日まで3か月~4か月ほどかかります。しかし、通常は1回期日で終わり、判決の言い渡し日の指定をして、判決までの間に和解ができるよう調整します。そのため、一審ほどには時間はかかりません。
(3) 判決と立退料の支払い義務
判決で立ち退きが認められた場合、立退料の金額が賃貸人側で提示したものや、そうでなくても予めここまでなら払うと決めていた金額の範囲内なら問題ありません。
しかし、それ以上の金額の判決がでる場合もあります(提示額の3倍以上の立ち退き料の支払いと引き換えに建物の立ち退きを認める判決もあります)。
しかし、和解の段階である程度の予想ができます。裁判官も、提示額を越えても、この金額の立退料だったら支払うだろうという予想で、提示額を越える金額の判決を書きます。その金額では絶対に立ち退き料を支払わないと思われる時(そのことは和解の時にだいたい分かります)は、訴え自体を認めない(請求棄却)の判決を出します。
この種の判決は、「立ち退き料○○円を払うのと引き換えに建物を明け渡せ」という内容になります。判決に書いてある金額の立ち退き料を払わなければ建物の明け渡しを求めることはできませんが、建物の明け渡しを諦めてしまえば、お金を払う必要ありません。
ただし、判決の前に提示した立ち退き料と格段にかけ離れた額の立ち退き料ではない場合には、賃借人から「建物を明け渡すから、立ち退き料を支払え」という裁判を起こされる可能性があります。判決ではなくて、和解を成立させる場合には、立ち退き料の支払い義務がある、という和解条項を入れます。(*1)
(*1) 裁判例の中には、賃貸人側が出せる金額以上の立ち退き料の支払いと引き換えに建物明け渡しを認めた裁判例があります(裁判官は、出せると判断したと思いますが)。賃貸人側は、明け渡しを受けるのを断念し、立ち退き料の支払いをしなかったのですが(判決確定後まもなく、その旨を賃借人に通知したとのことです)、賃借人側が、立ち退き料を支払うように求める裁判を起こしました。これに対し、裁判所は、「賃貸人の提示金額と判決の立ち退き料額が格段に違う場合には、立ち退き料の支払い義務はない」、としました。提示金額が4000万円だったのに対し、判決の立ち退き料額が8000万円だった事案です(福岡地裁平成8.5.17判決)。
8. 裁判中の賃料の支払い
(1) 契約上の賃料を払っていれば足ります
「訴えを起こした後で、賃料が振り込まれたらどうしたらいいんでしょうか。」という質問をよく受けます。
賃借人側から相談を受ける時も、「賃料を振り込んでいますが、裁判起こされたら、供託でしょうか。」という質問を受けます。
これに対しては、「いえ、どこでもそうですが、裁判の決着が着くまで、これまでと同様、賃料は受け取ってください。受け取りを拒否する必要はありません。」とお答えします(賃借人の方には「受け取り拒否はありませんから、供託の必要はありません」と回答します)。
実際の話、家主都合で「立ち退き料払うので建物を明け渡して」という裁判の場合には、裁判が始まっても、普通に賃料の授受がおこなわれています。
建前上は、「立ち退き料○○円を払うのと引き換えに建物を明け渡せ」という判決が出ると、契約上の期間の満了時に正当事由があり、その時に契約が終了したことになります(つまり、判決の前に遡って契約が終了していたことになります)。そして、裁判中に賃料として払っていたお金は、建前上は、契約終了までは「賃料」で、契約終了後は「使用損害金」を支払っていたことになります。
しかし、使用損害金の金額は、賃料の額と同じですから、区別する意味はありません。また、立ち退き料を払わないと建物明け渡しの強制執行はできないので、実質的には、立ち退き料を払った時に契約が終わることになります。
このため、この種の裁判では、裁判の最中でも賃料は普通に支払われ、賃貸人側も黙って受け取っています。
なお、和解によって終了する場合の、猶予期間とその間の賃料相当の使用損害金については、「和解と和解の内容」をご覧ください。
(2) 倍額の違約金を支払うという条項のある場合
契約書に「契約終了後に建物を明け渡さない場合には、賃料の2倍の損害金を支払う」という特約がある場合があります(店舗、オフィスの契約には普通この特約があります)。そこで、賃貸人が、建物の明け渡しを求めるとともに「期間満了の時から賃料の2倍の損害金を払え」という請求をした事例があります。
裁判にはそれなりの時間がかかるので、期間満了前に訴えを起こしたとしても、判決が出るのは、期間満了後、しばらくしてからです。そのため、もしも、この違約金が認められると、賃借人は、まだ裁判をやっていて立退料の金額も決まらないのに、期間満了の日から倍額の損害金を支払わなければならなくなり、裁判が長引けば不利になるので早い段階で妥協しなければならなくなります。
建前上は、更新拒絶の場合は期間満了時、解約申入は6か月の経過で契約は終了することになりますが、これは建前で、実質的には立退料の授受があって契約終了と言えます。
このため、東京地裁平成14年10月 3日判決は、「裁判所が決めた立退料が提供されていない段階では、違約金の条項は適用されない」としました(東京地裁平成23年 1月18日も同じ。なお、東京地裁平成19年 8月29日判決は、結論は同じですが、理由として、正当事由に基づく建物明け渡しの場合には、この特約は無効としました)。
しかし、契約書に書いてある、という理由だけで判決前の時点(期間満了時)から約定の違約金額(通常賃料の倍額)の支払いを認めた裁判例もあります。特に理由は書いてないので、賃借人側が反論しなかったためだと思います(このような判決は結構あります)。賃借人側としては、「立退料の交付がない段階で、倍額の違約金を支払うのは不当だ」としっかり反論しておく必要があります。
9.関連記事
●立退問題の法律の基礎知識については、「建物賃貸借・正当事由と立退料の基礎知識」
●立退料の相場や計算方法については、「立退料の相場・計算方法」
●立退料に影響する事情については、「立退料に影響する事情」
その中の記事として「耐震強度と正当事由」
「賃料が安いのは有利か不利か」
「物件を売りたい場合は正当事由になりますか」
「一人だけがんばっている」
「オーナーチェンジと正当事由と立退料」
弁護士 内藤寿彦(東京弁護士会所属)
内藤寿彦法律事務所 東京都港区虎ノ門5-12-13白井ビル4階 電話・03-3459-6391