建物の賃貸借契約に書いてある契約条項のどれかに違反したとは言えないけれども、賃貸人、賃借人間の信頼関係が破壊されたので、契約の解除が認められる場合があります。
 このように言うと、感情的に揉めた場合でも解除できるのか、と思われるかも知れませんが、あくでも契約を続ける上での信頼関係です。 感情的に揉めたとしてもその原因が、賃貸借契約に基づくものかどうかが問題になります。 離婚のように、原因がなんであれ感情的に夫婦関係を続けられない場合とは違います。
 契約条項のどれかに違反するわけではないけれども、信頼関係破壊があるので解除できる場合について、弁護士が解説します。ご相談もどうぞ。

【目次】
1.通常は解除の制限の意味で使われます
2.特定の契約条項に違反していなくても信頼関係破壊で解除できます
3.契約物件の使用と関係のない場合と信頼関係
 (1) 信頼関係破壊が認められた事例
 (2) 類似ケースでも信頼関係破壊が認められない場合
4.違法行為があっても信頼関係破壊が認められない場合
5.その他、信頼関係破壊が認められた事例
6.感情問題と信頼関係破壊

1.通常は解除の制限の意味で使われます

 「信頼関係破壊があれば解除できる」と言われています。
  ただし、注意しなければならないのは、この言葉が通常使われるのは「契約の条項に違反しているけれども、信頼関係の破壊があるとまでは言えないから、解除できない」という場合です。
 建物の賃貸借契約は、長期の契約になり、賃借人にとって生活や営業の基盤になるので、実害が少ない契約違反では解除できない、ということで、解除を制限する方向で使われるのが通常です。

 しかし、ここでお話をするのは、契約書に書いてないから、特定の事項に違反しているわけではない。けれども、賃貸人、賃借人との間で、賃貸借契約を続けていくことが難しい場合があります。そのような場合に、信頼関係が破壊されたということで、解除が認められる場合があります。それがどのような場合なのかについて説明します。

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2.特定の契約条項に違反していなくても信頼関係破壊で解除できます

 信頼関係が破壊された場合には、契約書のどこかの条項に違反するというわけではない場合でも、解除が認められます。
 例としてあげられるのは、室内からの騒音などの迷惑行為がひどくて近所から苦情が来ているため、賃貸人が再三注意したのに、迷惑行為が続くような場合です。

 この場合も、契約書に、騒音など、近所迷惑になるような行為を禁止する特約があり、違反した場合は解除すると書いてあれば、その条項に違反したことになり、それを理由に解除できます(その場合でも、信頼関係破壊が認められない場合(注意したら止めたなど)には解除できません)。上のような事実関係で、賃貸借契約書に「他人に迷惑を及ぼす行為をしたときは契約を解除できる」という特約があった事案で解除を認めた判決があります(東京地裁昭和54年10月 3日 判決)。

 しかし、建物の賃貸借契約は、賃借人が居住や事業に建物を使う契約で、長い期間続くことが前提の契約です。賃借人の行動によっては、他の入居者が退去してしまったり、建物の寿命が短くなるなどの損害を賃貸人が受けることになります。つまり、契約書に書いてある条項に違反しなければ、賃借人は何をやってもいい、ということにはなりません。また、契約した時には思ってもいないような行動を賃借人がすることもあるので、信頼関係を破壊するような行為を禁止行為として漏れなく契約書に書いておくこともできません

 そのため、契約書に書いてある条項に違反するわけではないけれども、信頼関係の破壊があると認められる場合には、賃貸人は契約の解除ができることになっています。
 ただし、契約書に解除事由として書いてあった方が、裁判所が解除を認めてくれる可能性が高いです。上記の迷惑行為のような想定できる行為は、契約書に書いておくべきです(契約書に書いてあれば、賃借人も気をつけて、そのような行為をしないようにするという効果も期待できます)。

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3.契約物件の使用と関係のない場合と信頼関係

(1) 信頼関係破壊が認められた事例

 契約物件の使用と関係ない場合でも、賃借人の行為が、賃貸人との関係を続けられないような場合には、信頼関係の破壊があったとして、賃貸借契約を解除できます。

 例えば、賃貸物件以外の物件の無断使用について最高裁の判決があります(最高裁昭和40年8月2日判決)。
 事案は複雑ですが、簡単に言うと、一棟の建物の中に賃貸物件A、Bの2物件があり、賃借人がA室について賃貸借契約を結びました。ところがその後、賃借人は、賃貸借契約を結んでいない、B室を勝手に使用するようになりました。B室の賃料は払っていません。このため、建物の所有者は、B室の明渡を求めるとともに、A室の賃貸借契約の解除を主張してA室の明渡を求めました。
 この事案について最高裁は、「賃借人の行為は、A室の賃貸借契約の基礎にある当事者相互の信頼関係を裏切って、A室の賃貸借関係の継続を著しく困難にさせる不信行為である。当然、A室の解除は認められる」としました。

 こんな無茶なことをする賃借人がいるとは思わないので、A室の賃貸借契約には、他の部屋の無断使用については何も書いてありません(そもそも契約していない部屋を使うことができないのは当然なので、そのことについてA室の契約書に書くことは考えなかったのでしょう)。しかし、やっていることが無茶苦茶で、こんな賃借人とA室の契約を続けることはできない、というのは、当然の話です。

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(2) 類似ケースでも信頼関係破壊が認められない場合

 上記と類似ケース(家主から見た場合、契約外の物件について不法占有していた事例)でも、信頼関係破壊が認められないと思われる事例もあります(適当な例が見当たらなかったので複雑な事案を例にします)。

 例えば、賃借人が同じ建物(同じ賃貸人)のA室とB室を借りていたとします。
 そのうち、B室について、賃貸人と賃借人との間で、契約の終了が問題になりました。この場合に、先例などから契約の終了が明白な場合には、賃借人がB室の契約は終了していないと主張しても、それは無理な主張です。それなのに契約終了後もB室の使用を続けるのは一種の不法占拠です。そのため、A室の賃貸借契約にも影響すると考えられます。つまり、先の(1)と同じことが言えます。

 しかし、先例などからB室の契約終了が明白とは言えず、最終的には裁判所が、法律や契約書の解釈で判断しなければならない場合には話が違います。最終的に裁判所がB室の契約終了を認めたとしても、判決までの間のB室の使用を故意による契約違反ということはできません。判決が確定してすぐにB室の明け渡しや違約金の支払いをするなら、昭和40年の最高裁判決((1)の最高裁判決)の言う、「賃借人の行為は、A室の賃貸借契約の基礎にある当事者相互の信頼関係を裏切って、A室の賃貸借関係の継続を著しく困難にさせる不信行為である」ということはできません。
 この場合、賃貸人側は、B室の契約終了を主張していたわけですから、判決前から感情的な対立が起こっていたことになりますが、信頼関係の破壊とは言えないことになります。

 このように信頼関係破壊とは、当該賃貸借契約の継続を続けられるかどうかを、個人的な感情ではなく法律的な観点から見ることになります。(*1)

(*1) 実際の裁判になると、裁判所は、判決でA室の解除を認めないとしても、「感情的に揉めてしまい、今後もトラブルがあるかも知れないから、解決金もらうなどして、出ていった方がいいんじゃないですか?原状回復費用の支払いも不要ということで。オフィスなんだからその場所でなければいけないこともないでしょう。」という内容で和解を勧めることもあり得ます。民事裁判は、紛争解決が目的と言えばそのとおりなのですが。

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4.違法行為があっても信頼関係破壊が認められない場合

 賃借人に違法行為(ここでは社会的に違法な行為という意味です)があっても、信頼関係破壊が認められない場合もあります。

 最高裁昭和47年11月16日判決は、建物所有を目的とする借地のケースですが、賃借人(借地権者)が、借地の約半分にあたる空地をトラツク置場とし、無免許で自動車運送事業を営み、また、そのトラツクが完全に格納できずに公道上に約1メートルはみ出し公衆の通行を妨害しているというケースでした。このケースについて、賃貸人(地主)が、契約の解除を主張したのですが、最高裁は、「賃借人が、行政上の取締や処罰を受けたり社会的に非難されることがあるとしても、それがただちに賃貸人に対して、法律的、社会的な責任を負わせることにはならない」として、信義則上の義務違反を理由とする賃貸借契約の解除はできないとしました。

  このケース、最初に例にした、アパートの一室の迷惑行為とどこが違うのか、という点ですが、最初の例では、「騒音などの迷惑行為がひどくて賃貸人に対して、近所から苦情が来ている」という事例でした。ところが、上記の最高裁の判決では、「近隣や歩行者から苦情が出たこともない」ことも解除を認めない理由の1つになっていました。
 つまり、賃借人の行為は、行政上の問題はあるものの、賃貸人に迷惑をかけていないから、契約違反にならないし、契約上の信頼関係破壊も認められない、ということです。

 ただし、上の例は、借地(土地の賃貸借契約)だというのが建物の賃貸借との違いとも言えます
 例えば、テナントビルの一室が、振り込め詐欺の拠点(被害者への電話をかけるための場所)として利用されていた場合、ビルそのものの評判に係わります。他のテナントが評判を気にして退去することもありますし、以後の募集にも影響します。賃貸人にとっては大迷惑です。そのため、契約書に「物件を違法行為のために使用しない」という条項がなくても、解除が認められると考えられます(摘発があると退去して賃料を払わなくなるので、信頼関係破壊を持ち出すまでもなく、契約は終了すると思います)。つまり、この場合は、契約書に書いてなくても、賃貸人との契約上の信頼関係を破壊する行為と言えます。

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5.その他、信頼関係破壊が認められた事例

 珍しい例としては次のようなものがあります。 
 アパートの敷地が借地になっていたケースですが、底地の権利(土地の賃貸人の地位)を買い取った者が、知人をアパートに入居させて嫌がらせをさせたというケースです。嫌がらせをさせる目的は、アパート経営をしている借地権者に借地権を売るか、底地を買うように迫るためです。無論、建物の賃貸借契約の当事者はアパートに入居した知人ですから、この知人に対する賃貸借契約の解除の有効性が問題になります。裁判所は信頼関係の破壊があるとして解除を認めました(東京地裁平成19年 8月 3日判決)。

 このように特に契約書のどの条項に違反するということでなくても、賃貸人と賃借人の信頼関係が破壊されたと認められれば、裁判所は契約の解除を認めます。
 信頼関係が破壊されたかどうかの判断ですが、「ああ、ここまでやったら賃貸借契約を続けろというのは無理だな」と裁判所が思ってくれるような事情があるかどうかです。

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6.感情問題と信頼関係破壊

 賃貸人から、賃借人の行為が契約違反かどうかという相談を受け、「それは契約違反にはなりません」と回答すると、「それでも、感情的に許せないので、信頼関係破壊になりませんか」という質問を受けることがあります。

 逆に賃借人から「賃貸人が契約違反だと言っているがどうでしょうか」という相談を受け、「それは契約違反ではありません」と言うと、「契約違反でなくても、信頼関係破壊で解除されませんか」という質問を受けることがあります。

 契約上の違反がなければ通常、信頼関係破壊による解除は認められません。しかし、賃貸借契約は継続的な契約ですから、場合によっては問題になっている行為を控えて、円満な関係を維持した方がいい場合があります。
 とは言え、例えば、立ち退き問題で、賃貸人が低額な立退料の提示しかしていないのに、賃借人から「出ていかないと、信頼関係破壊をしたと言われて解除され、立退料なしで退去させられることになりませんか」と言う相談を受けることもあります。この場合は、「信頼関係破壊で解除できる場合にはあたりません」と断言できます。

 信頼関係破壊は、契約書に書いてなくても、賃貸人、賃借人間の「賃貸借契約上の信頼関係」が破壊された場合です。単なる感情問題ではありません。契約上問題がないのに(*1)、感情的に許せないということで解除できることにはなりません。ただし、契約上問題がないかどうかが重要ですから、弁護士に相談するべきです。

(*1) 繰り返しになりますが、ここで契約上、問題がない、という意味は、契約書に書いてある条項に違反していない、というだけではありません。契約書には書いていなくても、賃貸人、賃借人間の賃貸借契約を維持するために必要な義務というものがあります。それにも反していないことです。(▲本文に戻る

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※賃料不払い(家賃滞納)を原因とする解除については→「その1(家賃滞納)」をご覧ください。
 また、賃貸人の都合で、落ち度のない賃借人との間で契約を終了させる場合については→「その2(賃貸借契約終了の正当事由と立ち退き料)」をご覧ください。
 その他、契約違反の解除として、無断転貸・無断譲渡については→「賃貸物件の無断譲渡・無断転貸」、用法違反による場合については→「用法違反による解除」、商業施設の特殊な特約違反などについては→「商業施設の契約と特約」をご覧ください。

弁護士 内藤寿彦 (東京弁護士会所属)
内藤寿彦法律事務所 東京都港区虎ノ門5-12-13白井ビル4階  電話 03-3459-6391