賃貸物件内で賃借人が自殺することがあります。その場合、心理的な問題ですが、賃貸物件として貸すことが難しくなったり、建物を売却する場合に売却価格が下がってしまうのが現実です。そして、このような物件を賃貸したり、売却する場合には、そのことを告知する必要があり、隠して売却などすると損害賠償や売買契約の解除の問題が起こります。
 このような損害が賃貸人に起こるので、賃借人の自殺そのものが一種の契約違反になります。しかし、本人はすでに亡くなっているので、連帯保証人や相続人に賠償を求めることになりますが、裁判所は建物の減額の損害までは認めない傾向にあります。このような賃借人が賃貸物件内で自殺した場合の法律問題について、弁護士が解説します。

【目次】
1.建物の価値は下がります
2.自殺があったことを隠して売却すると損害賠償です
3.賃借人の相続人などに損害賠償できるか
4.損害賠償の範囲
 (1) 建物の減額損害は認めない傾向にあります
 (2) 認められる損害の範囲

1.建物の価値は下がります

 建物内で自殺があると、建物の価値は下がります。リフォームなどして完全に元の状態に戻し、建物自体は自殺前と全く変わらなくても、建物を買おうとする人の中には自殺があったことを気にする人が少なくありません。一種の心理的な問題ですが、自殺がない場合よりも価格を下げないと売れないということで価格が下がります。

 不動産鑑定の実務でも自殺があった場合は、2割くらい評価を下げます(実際に売る場合にはもっと低くなるかも知れません)。裁判所が競売物件を売りに出す場合、不動産鑑定士に評価を依頼しますが、その評価書でも自殺を理由に2割程度の減額をします。裁判所はその評価書を競売物件を買おうとする人に公表しています(入札額の参考にするための基準価格として公表します)。

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2.自殺があったことを隠して売却すると損害賠償です

  こうした建物を売りに出す場合、自殺があったことを隠して売った場合には、後で買主から損害賠償を請求される可能性があります。
 裁判例では売買契約の解除が認められた例もあります(大阪地裁平成21年11月26日判決)。解除が認められると、売買代金全額を返還しなければなりません。その他に損害賠償金を払わなければならないこともあります(損害賠償のみを認めた裁判例として、東京地裁平成21年 6月26日判決や東京地裁平成20年4月28日判決がありますが、平成20年の判決はやや特殊な事案です)。

 逆に、損害賠償が否定された例もあります。例えば、購入後に建物を取り壊すことを前提に土地建物を購入した買主が、建物内での自殺を隠していた売主に損害賠償請求をした事案で、買主の損害賠償請求が否定された裁判例があります(大阪地裁平成11年 2月18日判決)。心理的な影響はその人その人によって違うと思いますが、この判決は、建物を取り壊して更地にすれば、建物内での自殺に対する心理的な影響はなくなったと考えるのが通常の一般人の考えだとしています(何かの証拠で判断したとは思えませんから裁判官の考え方です)。一応、前例にはなりますが、この判決の事例は、単純に買主が売主に損害賠償をした事例ではありません。特殊な事案なので他の事案でも同じ判断になるとは思えません。建物を取り壊して土地だけ売却する場合でも価格が下がるのが通常です。

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3.賃借人の相続人などに損害賠償できるか

 賃借人が賃貸物件の中で自殺した場合、賃貸人(建物所有者)は、賃借人の相続人や連帯保証人に損害賠償ができるでしょうか。

 結論を言えばできます(*1)
 その理由は、ある判決によると、「賃借人は、建物の経済的価値を下げないようにする義務がある。自殺は心理的な理由で建物の経済的価値を下げる。このため、自殺は、賃借人の用法義務違反ないし善良な管理者としての注意義務違反にあたる。つまり、契約違反だから損害賠償義務がある」ということです(東京地裁平成23年1月27日判決。事案は賃借人の同居人が自殺して賃借人が損害賠償を求められたものですが、賃借人本人の自殺の場合も同じ理屈になります。賃借人自身の自殺について損害賠償を認めたものとしては、東京地裁平成22年12月6日判決など)。(*2)

 契約上の債務不履行責任が賃借人にあるとは言え、賃借人本人が亡くなった場合には、その相続人あるいは連帯保証人がその賠償責任を負うことになります。遺族の場合、相続放棄をすれば相続人としての責任はなくなります(*3)、連帯保証人を兼ねている場合には責任が残ります。

(*1)ここで連帯保証人というのは、親族など、一般の連帯保証人のことです。賃料保証会社は、保証の範囲が契約で決まっていて、賃借人が自殺した場合の責任は、保証の対象外としています。親族など個人の保証人は賃借人と同じ責任を負います。しかし、2020年4月1日以降に個人が連帯保証人になる場合(それ以前から連帯保証人だった人が合意更新で改めて連帯保証人になる場合を含みます) には、極度額(賠償の限度額)を決める必要があり(決めないと連帯保証は無効になります)、連帯保証人の責任は極度額の範囲内になります。極度額は1か月の賃料額の1年分とする例が多いようです(店舗などでは2年分とする例も多いようです)。▲本文へ戻る

(*2) 賃借人本人の自殺ではなく、賃借人の同居の家族などが自殺した場合でも、賃借人自身の契約責任として賃借人に損害賠償責任が生じます。上記の東京地裁平成23年1月27日判決は、自殺した同居人を履行補助者だとした上で、「履行補助者による故意過失は、信義則上自らの債務不履行の場合と同様の責任を負う」として、賃借人の損害賠償義務を認めました。「履行補助者」というのは履行を助ける者という意味ですが、もっと広い意味にも使われます。賃借人の同居の家族には、賃借人同様、物件の価値を下げないように使用する責任があり、その責任が賃借人に及ぶということです。(▲本文へ戻る

(*3)債務の相続については「相続の法律の基礎知識」の「債務と相続の放棄」をご覧ください(ページが飛ぶので、ここに戻る場合には、URLの左側の「←」をクリックしてください)。(▲本文へ戻る

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4.損害賠償の範囲

(1) 建物の減額損害は認めない傾向にあります

 先ほどお話したように不動産鑑定の実務でも自殺があると建物の評価額が2割程度下がります。
 賃貸物件の中で賃借人が自殺した場合、賃貸人は、連帯保証人や遺族に対して、この建物の減額の賠償を請求できるでしょうか。

 結論を言えば、裁判所は、建物の減額の賠償までは認めない傾向にあります。

 理屈は、色々あります。評価額が下がると言っても、損害は将来、売る時に具体的に発生します。その時までの年月の経過によって建物の価値は自然に下がります。また、自殺という事実(人の記憶)も風化します。そのため、「本来いくらで売れるものが自殺が原因でいくら下がったのか分からないし、そのことをまだ売ってもいない現時点で判断することはできない」というのが一応の理由のようです(*1)。判決に書かれることはありませんが、自殺者の遺族らに酷という実際上の理由もあるのではないかと思います。

(*1) 世の中には、建物の販売をしようした時に自殺が起こる場合もあり得ます。東京地裁平成28年 8月 8日判決の事案は、建物の売出し募集後に、自殺と思われる事故が発生し、その後に売却が行われたという事案です。最初は4億2000万円で募集したのに最終的な売買価格が3億7500万円だったため、その差額4500万円が損害だとして訴えを提起しました。これについて裁判所は「当初の販売価格が適正だとしても、実際の売買価格と自殺との因果関係は不明」だとした上で、自殺によって発生すると想定される賃料減額分をもとに1000万円の損害を認めました。しかし、この事案は、控訴審では、「自殺とは認められない」ということで決着が着きました(当然、請求は認められません)。(▲本文へ戻る

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(2) 認められる損害の範囲

 そのようなわけで裁判で認められる損害賠償額は、
①リフォームなどに実際にかかった費用(あくまでも自殺に関係する部分です)
②特別なリフォームを施したため長期的に物件を貸せなかった場合はその期間の賃料補償、自殺直後には募集できないということで一定期間募集を停止した場合の賃料補償
③当該賃貸物件を第三者に貸すにあたり数年間は通常よりも低い賃料で賃貸せざるを得ないので、その差額分の賃料補償
といったものです。
 なお、自殺後に新規契約をした場合、③の金額は具体的にでてきますが、まだ、新規契約をしていない場合には最終的には裁判所の裁量で減額の範囲を決めることになります。
 また、③の賃料を安くせざるを得ない期間は、実際はかなり長期になると思いますが、裁判所の判決では3年程度が多いようです。

 なお、2020年4月1日以降に連帯保証人になる場合には、極度額を決める必要があり、連帯保証人の責任の範囲は極度額の範囲内になります(この点は、3の(*1)をご覧ください)。相続人の場合には責任の範囲はありませんが、相続放棄をすると相続人ではなくなるので、賠償義務はなくなります。

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弁護士 内藤寿彦 (東京弁護士会所属)
内藤寿彦法律事務所 東京都港区虎ノ門5-12-13白井ビル4階  電話 03-3459-6391