親が借地権者で借地の上に自宅建物を持っている場合、地主から底地(借地権の付いた土地)を買い取らないかと言われることがあります。しかし、親は自分が高齢なので、その子(例えば同居の長男)が、地主から底地を買い取ることがあります。
この場合、登記を見ると、土地は長男の名義になり、自宅建物は親の名義のままです。そして、親子の関係ですから、長男は親から地代を取ったりしません。これだけ見ると、長男が借地権の負担のない土地の所有者になり、親にただで土地を貸しているように見えます。
しかし、それでは黙っていない人がいます。税務署と長男の兄弟たちです。
このような場合、何が問題になるのか、弁護士が解説します。ご相談もどうぞ。
【目次】
1.税務署が黙っていません
(1) 借地権は当然には消えません
(2) 税務署から問い合わせが来ます
2.共同相続人も黙っていません
3.親の借地権が残るか贈与されたか
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1.税務署が黙っていません
(1) 借地権は当然には消えません
借地権者その人が、地主から底地(借地権の付いた所有権)を買った場合には、借地権と底地権が同じ人のものになり、借地権は消滅して、借地権の負担のない所有権そのものになります。そうでないと自分の土地を自分に貸していることになり、自分が自分に地代を払うことになりますが、そんなことは無意味なので、借地権は消滅します。(*1)
しかし、これはあくまでも、借地権者が底地を買った場合です。
借地権者が高齢などの理由で自分で底地を買わずに、同居している長男が買い取った場合、同居している親子でも、他人は他人です。この場合、長男が地主になるだけで、親が借地権者ということに変わりはありません。
借地契約は以前の地主のときと同じ内容で引き継がれるので、本来は、親は長男に地代を払う必要があります。
しかし、通常、同居している長男は、親の家にただで住んでいるので、親から地代を取りません。
この場合、2つのことが考えられます。
1つは、借地契約はそのままだけれども、長男が親から地代を取らなかっただけで、未払いの地代が溜まることになる。無意味な話のようですが、次にお話する税務署に対する関係ではあり得ます。
もう1つは、親子の間で、借地権を消してしまった。形式的には借地権の合意解除ということになりますが、実質的には、親が持っていた借地権を、長男にただで譲ったことになります。借地権の贈与です。
(*1) もしも、借地権が父と母の共有になっていた場合、父が底地を買っても、借地権は消滅しません。父の持分の1/2だけ借地権が消滅する、ということではなく、父、母の共有のまま、借地権は残ります(東京地裁平成20.10.9判決、東京高裁昭和30.12.24判決)。つまり、底地権・父、借地権・父母共有という形になります。(▲本文へ戻る)
(2) 税務署から問い合わせが来ます
ただで財産を譲ることは、贈与です。借地権は、更地価格の6割前後の価値がありますから、結構な財産です。
それを贈与したとなると、税務署は黙っていません。
税務署は、不動産登記の動きに敏感です(登記に動きがあると自動的に税務署が知るようになっています)。しかし、同じケースで税務署から問い合わせがあった場合と、なかった場合があります。
この違いはよく分かりません。税務署によって取り扱いが違うのかも知れません。また、地主から買い取った時期によって違うかも知れません。地主から底地を買い取る前に建物が共有名義になっていて、共有者の1人が長男の場合など、権利関係が登記だけでは分からないので税務署から問い合わせがなかったという可能性もあります。
問題は、税務署から問い合わせがあった場合です。
「借地権の贈与だったら、贈与税を払ってくれ」ということで税務署から問い合わせがあります。借地権の価格は高額な上、贈与税は税率が高いです。
税務署も「贈与だったら贈与税を払いなさい。贈与でないなら、親の借地権が残っているということで、念書を税務署に差し入れてください」と言います。つまり、どうするのか選択させてくれるのが通常です。外部からは、借地権が残っているのか、借地権の贈与で借地権が消えたのかは分かりませんし、親子間では契約書などは作らないので、税務署も贈与に拘りません。
では、借地権が残ると税務署にとって何が都合がいいのかと言うと、親が亡くなった時に、借地権が相続財産になって相続税が取れることです。
贈与税を取られるなら、親が亡くなった時に、借地権価格の相続税を払った方がましです。
ということで選択の余地はありません。借地権は残っています、という内容の念書を書いて税務署に提出することになります。
2.共同相続人も黙っていません
税務署に、借地権は親のものです、という書類を提出した以上、親が亡くなった時の相続税は、親が借地権を持っているということで計算されます(これと違う申告をすると指摘されます)。
税務署に書面を出したからと言って、遺産分割そのものは、それに拘束されません。しかし、申告は、親に借地権があることを前提にします。つまり、親が借地権を持っていて、それの遺産分割をした、ということで申告することになります。
相続税の申告は、通常、共同相続人が同じ税理士に依頼して申告するので、他の共同相続人に、借地権が残っているという念書を出したことがバレます。このため、親に借地権があり、その遺産分割をすることになります。
しかし、税務署から問い合わせがなくて、何も書類を出していない場合には、親が借地権を持っていることにする必要は必ずしもありません。
そこで、長男が「俺が土地の所有権を持っていて、ただで親に貸しているんだ」と言うまではいいのですが、「だから、お前たちに分ける財産はない」と言ったら、共同相続人は黙っていません。
借地割合が6割の土地だったら、底地の価格は、更地価格の4割です(地主が第三者に売る場合には、1割にもなりませんが、借地権者に売る場合には、「更地価格-借地権価格」を基準に底地の価格を決めます)。
つまり、底地を買うときに、長男は、更地の4割分の代金しか払っていないのに、更地の100%の権利を持っていることになります(ただで、親に土地を貸していたので使用貸借になりますが、ややこしくなるので、使用貸借の権利は0円とします)。更地の6割の価値の財産が長男にただでころがりこんだことになります。
そもそも、長男が更地価格の4割で地主から土地を買えたのは、親が借地権を持っていたからです。親のおかげで安く土地が買えたのに、全部俺のものと言うのは許せん、ということになります。
そして、親の借地権が残っていないとしたら、親の借地権は、長男がただでもらったことになります。
つまり、親から贈与を受けたことになります。
結局、相続の場面では、長男は、親が借地権を持っていてそれが遺産になったと主張するか、自分が親から借地権の贈与を受けたと主張するかどちらかになります。
3.親の借地権が残るか贈与されたか
長男が、税務署に念書を出していないなら、親が借地権を持っていると主張するのか、親から借地権の贈与を受けて借地権は自分のものになったと主張するのか、選べることになります。(*1)
長男は親から地代を取っていないのですが、地代を払わないと借地権が消滅するということにはなりません(自分で受け取っていなかったのですから、親の地代の不払いを理由に解除することはできません)。そうすると、長男が底地を買った時からの地代が溜まっていることになります。親の借地権が残っていてそれを相続する場合、長男は、他の相続人に、溜まっていた地代の請求ができます(長男も親の債務を相続するので、他の相続人に請求できるのは長男の法定相続分を除いた額です)。
しかし、地代は、借地権価格に比べてわずかですし、5年の消滅時効にかかります(つまり、5年分しか請求できません)。通常、大した金額にはなりません。また、一旦発生した地代を免除することもできるので、その場合には、他の共同相続人に請求できません。
親の借地権が残っている場合には、借地権が遺産分割の対象になります。建物が借地権価格と比べてほとんど無価値で、共同相続人が子3名(長男を含めて3名)の場合、借地権を3人で分けることになります。
通常は、長男が家と一緒に相続したいので、他の2名に代償金(合計で借地権価格の2/3相当)を支払って、借地権と家を相続することになります。底地は長男のものなので、それで100%の土地の所有者になれます。
もう1つの構成は、親から借地権の贈与を受けていたという構成です。ただし、税務署に上記のような書面を出していた場合は使えません。また、贈与税の時効が経過していない場合には税務署から贈与税を取られます。
それらの問題のない場合には、親から借地権の贈与を受けたと主張します。そうすると、それは特別受益の問題として処理されます。
その場合、借地権価格相当額を親の遺産に加えて、それを遺産全体として遺産の分割の計算をします。親の遺産が他にほとんど無価値の家しかない場合には、3人には借地権価格の3分の1ずつの権利があることになります。しかし、長男はすでに借地権をもらっているので、取り分はありません。では、他の2名はどうなるのかと言うと、「超過特別受益」は返還しなくていい、という民法の規定にひっかかります。
「超過特別受益」というのは、親から贈与を受けていたとしても、贈与を受けた者はそれを返還する必要はなく、単に現に存在する遺産の取得ができないに過ぎない、という規定です。親の家があって、そこに長男が贈与を受けた借地権があるのですが、長男は、それを他の兄弟に返す必要はない、ということです。
その結果、他の兄弟は、特別受益の規定ではほとんど何も取れないことになります。
ただし、他の兄弟には、遺留分があります。共同相続人が3人なので、1人あたり1/6の遺留分があります。
このため、他の兄弟は、長男に対して、借地権の1/6相当の遺留分侵害額請求権があります。1/6相当のお金を支払えと請求できることになります。
なお、2019年7月1日以降の相続では、贈与の時から相続開始まで10年内でないと遺留分侵害になりません。10年よりも前に贈与があった場合には遺留分侵害額の請求はできません(それ以前は共同相続人に対する贈与は時期の制限なく遺留分減殺請求ができました)。
こうなると親が借地権を持ったままの場合と比べて、他の兄弟は大幅に不利になります。しかし、これはあくまでも、他にめぼしい遺産がない場合の話です。他に預貯金があったり、別の場所に不動産があれば、それらが遺産分割の対象になります(長男は借地権の贈与を受けているので、その分、取り分が減ります)。
(*1) 底地を買い取った長男が、借地権が残っているのか、借地権の贈与を受けたのか自由に選べるのではなく、裁判所が事案に応じて判断する、という意見もあります。(▲本文へ戻る)
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弁護士 内藤寿彦 (東京弁護士会所属)
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