借地上の建物の修理に地主の承諾は必要でしょうか
借地契約に増改築禁止の特約がある場合、建物の建替え(今ある建物を取り壊して、新しい建物を建てること)の場合には地主の承諾が必要で、承諾料も支払う必要があります。これに対して、通常の修理の場合、地主の承諾は必要ありません。
しかし、修理と言っても、その程度は様々です。場合によっては、改築にあたる場合もあり、その場合は地主の承諾が必要になります。無断で工事をすると解除される場合もあります。
ここでは、建物の建て替えではないけれども、地主の承諾が必要な修理、リフォーム、耐震補強工事などについて、弁護士が解説します。ご相談もどうぞ。
【目次】
1.禁止される増改築の範囲
(1) 建替え以外も増改築になります
(2) 建物が壊れた原因は関係ありません
(3) 一部改築とは主要構造物の変更です
2.通常の修理
3.大修繕、通常の修繕を越える修繕とは
4.耐震補強工事
5.リフォーム
6.解除されるかどうかは微妙な場合があります
(1) 裁判所が解除を認めたケース
(2) 改築なのか改築でも解除が認められるのか微妙なケースもあります
(3) 微妙な場合は地主の承諾や裁判所の許可を取りしまょう
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1. 禁止される増改築の範囲
(1) 建替え以外も増改築になります
これからお話することは、借地契約に「増改築禁止特約」がある場合についてのお話です。
増改築禁止特約がなければ、建物の建替えも地主の承諾は不要です。修理が増改築に当たるかどうかも問題にはなりません。
通常、建て替えとは、建物を全て取り壊して一旦更地にして、そこに新しい建物を建てることを言います。しかし、建物の一部を取り替える場合(一部改築)も、増改築禁止特約によって、地主の承諾が必要な場合があります。つまり、借地権者が予定している工事の内容と、増改築禁止特約が適用される範囲が問題になります。
(2) 建物が壊れた原因は関係ありません
「増改築」のうち「改築」とは、以前の建物に代えて建物を建てることです。建物が古くなったので、建物を取り毀して、一旦更地にして新しい建物を建てる場合が典型ですが、火事や地震で建物が壊れたので建て替える場合も「改築」です。そのため、火事や地震で建物が壊れた場合の修理も、増改築にあたる場合があります。
(3) 一部改築とは主要構造物の変更です
建物の一部を取り毀して、その部分を建て直すことも改築です。この場合も、もとの建物の一部が一旦更地になり、そこに新たに建物を建てる場合は分かりやすいのですが、そうでない場合にも改築になります。
建物の主要な構造物(外壁、柱、土台、梁、内部の階段、屋根)を取り替えることも改築に当たるとされています。もとの建物との一体性がなくなり部分的に新たな建物を建てたと評価されるからです。
なお、外階段の設置は改築には当たらないとされています。屋根も全面的な葺き替えでないと改築にはなりません(単なる修理は改築にはなりません)。外壁も一部壊れたので修理したと言う場合は改築になりません。
2.通常の修理
長年に渡って建物を使用すれば、建物のどこかを修理しなければならなくなります。このような「通常の修理」は、「増改築」ではありません。増改築禁止特約があっても、修理するのに一々、地主の承諾を求める必要はありません。ただし、修理と言ってもごく小規模なものから大規模なものまであります。大規模なものは、場合によっては増改築に当たる場合があります。
なお、通常の修理だった場合でも、外から工事の内容が分からないような場合(シートで覆うなどした場合)、後で地主とトラブルになることがあります。工事前の写真、工事後の写真、工事内容が分かる業者の見積などの証拠は残しておくべきです。
3.大修繕、通常の修繕を越える修繕とは
契約書によっては、「増改築」の禁止の他に、「増改築」と並んで「大修繕」が禁止されている(地主の許可が必要)借地契約書があります。
この場合の「大修繕」とは、「増改築と同程度に貸主に影響を与える工事に限定される趣旨で定められたと認めるのが当事者の合理的意思に合致する」とした裁判例があります(東京地裁平成26年 5月19日判決)。
それでは、どういうものが地主の承諾が必要な「大修繕」でしょうか。
主要構造物の1つでも変更すれば改築に当たるとされているので、これに該当すれば、どこか壊れたので修繕する場合でも、地主の承諾が必要になります。契約書に「大修繕」も禁止すると書いてあるのは、このことを明確にしたと考えられます(書いてなくても、増改築禁止特約のある場合には、改築として地主の承諾が必要になります)。なお、主要構造物の1つも変更しない大修繕というものは想定しにくいと思います。(*1)
契約書に中には「通常の修繕を越える修繕」をする場合に地主の承諾を求める、というものもありますが、その場合の「通常の修繕を越える修繕」も同じ意味(主要構造物の変更)になります。
結局、「大修繕の禁止」とか「通常の修繕を越える修繕の禁止」と書いてあってもなくても、増改築禁止特約のある場合には、主要構造物の変更を伴う修繕は、地主の承諾が必要になります。
(*1) ここで「大修繕」とは、木造の建物を前提に言っています。鉄筋コンクリート造りの建物の場合、木造建物のような主要構造物の変更が簡単にはできません。マンションの場合「大規模修繕」というものがありますが、これは「防水工事や外壁補修、シーリング工事(外壁などの隙間を埋める工事)、鉄部の塗装工事、給排水管工事など」の工事を一時期に一斉に行うもので、規模も費用も大変ですが、主要構造物の変更に当たるものではありません。つまり、改築には当たりません(参考として三井不動産レジデンシャルリースの「マンションの大規模修繕において確認申請は必要か?」をご覧ください。確認申請が不要な場合は改築にはあたらないとされています)。(▲本文に戻る)
4.耐震補強工事
耐震補強工事について、「工事したことによって建物の寿命が延びるので、地主の承諾が必要な工事に当たる」と、地主側から主張されることがあります。
しかし、具体的に建物が朽廃する時期(これが建物の寿命です)を延ばすようなものでなければ、増改築と同程度の工事とは言えません(朽廃とは、自然の推移で建物が朽ち果てることです。地震の揺れに強いかどうかとは直接関係ありません)。
ただし、耐震補強工事の内容が主要構造物の変更になる場合には、改築と判断される場合があります。特に問題になりそうなのが、屋根の全面的葺き替えです。建物への負担を軽くするために屋根の全面葺き替えをすることがあります。この場合には改築にはあたりますが、解除まで認められるのかどうかは何とも言えません(特に、これだけしか改築と認められない場合は解除が認められない可能性が高くなります)。
5.リフォーム
建物内部のリフォームは、通常、建物の主要構造部分(柱、土台、外壁など)の取り替えをしないで、主要でない部分の工事をします。このため、リフォームは、地主の許可がいらないのが通常です 。上記の東京地裁平成26年判決の事案は、リフォーム工事を地主に無断で行ったという事案で、これが「大修繕」に当たらないから解除は認められない、とした判決です。
しかし、リフォームという名目で、建物の主要構造部分(特に、柱や階段など)の取り替えを伴う大修繕をやると、改築と評価される可能性があります。
リフォームだから常に、地主の承諾がいらない、ということにはなりません。
6.解除されるかどうかは微妙な場合があります
建物の全部を取り毀して新しく建物を建てる、という場合は改築に当たります。無断でやれば解除されます。この場合は分かりやすいのですが、そうでない場合(建物の大修繕や主要構造物の取り替え)は、どの程度の改築なら借地契約を解除されるのか、判断しにくい場合があります。
(1) 裁判所が解除を認めたケース
裁判所が「改築」に当たるとして契約の解除を認めた例として、3つのケースを紹介します。
(ケース①)1階の土台部分のコンクリート床が打ち直されて嵩上げされ,1階の外壁が変更されるとともに,柱,添い柱及び梁等,その躯体部分に重要な変更が加えられている上,2階の水回りの設備を2か所設置する等のため,同2階床の補強工事等がされ,さらに耐久性のより高い材質によって屋根の葺き替えなどの工事を行った。
(ケース②)基礎コンクリートが全面的に打ち直され,土台や柱,間柱等,その躯体部分に重要な変更が加えられているのみならず,床および内壁についての全面的な更新であり,外壁の大部分および屋根の一部についても取り替えを行った。
(ケース③)建物の内部に補強のための鉄骨を入れるなどした上で,建物外側に設けられていた階段を建物の内部に設置し直し、それに伴って,外壁を張り替え,2階の床を剥がし,2階の床面積を2平米ほど増やすなどの工事を行った。
これら3つのケースは、いずれも、建物の主要構造物の複数を取り替えています。主要構造物の1つでもとりかえれば改築になるとは言え、解除まで認めるとなると、1つだけでは解除は認めにくいのかも知れません。しかし、「ここまでやらないと解除にならない」とは言えません(ここまでやらなくても解除される場合もあり得ます)。
(2) 改築かどうか、改築でも解除が認められるのか微妙なケースもあります
裁判所が「改築」には当たらないから、地主の承諾がなくても契約に違反しないとした例もあります。
また、「改築」に当たるけれども、地主との信頼関係が破壊されていないから解除できない、としたものもあります。信頼関係が破壊されているかどうかの判断にあたり、「改築」が軽微か重大かということを検討している例もあります。
このように「改築」に当たるかどうか、また、改築だとしても解除が認められるかどうか微妙なケースがあります。このため、なかなか一線を引くのは難しい場合があります。弁護士も、明らかに通常の修繕の範囲内と判断できる場合以外は、「大丈夫です」とは言えません(すでに工事が終了している場合には、争えるかどうかが問題になりますが、これから工事する場合には「大丈夫です」と言ったのに、解除されたのでは責任問題になります)。
(3) 微妙な場合は地主の承諾や裁判所の許可を取りましょう
微妙な場合は、地主の承諾を取った方が無難です。また、承諾してくれない場合は裁判所に地主の承諾に代わる許可を求めることができます。(*1)
なお、工事を行う建設業者に相談し、建設業者から「この程度の工事なら地主の承諾はいらない」と言われても、安心はできません。
建設業者の説明を信用したからと言っても、契約違反は契約違反です(*2) 。この点は弁護士が大丈夫と言った場合も同じです(最終的には裁判所が決めることです)。
また、地主に無断で工事を始め、裁判になっても借地権者が工事内容を明らかにしなかった事例があります。これについて裁判所は、状況的な証拠から、建物の主要構造物(壁、柱、床、はり、屋根、階段)の一種以上について行う過半の修繕だと認められるとしました。そして、無断改築だとした上で、工事内容を明らかにしないことを含めて、信頼関係が破壊されたとして、解除を認めました(東京地裁平成28年 4月28日判決)。(*3)
(*1) 裁判所に「地主の承諾に代わる許可」の申立をすると(この申立は工事前にしなければなりません)、裁判所は、解除が認められる基準よりも、緩い基準で増改築だと認め、承諾料と引換に許可を出します。この場合の基準は「建物の耐用年数に大きく影響する工事」だとされています。具体的には「建物の柱、土台、その他の主要部分の取り替え、屋根の全面的葺き替え」だというのが、「地主の承諾に代わる許可」を受け付ける裁判部(東京地方裁判所民事22部)の見解です。
これに対して、事前に裁判所の許可を取らないで工事をして、後で問題になった事例ですが、屋根の葺き替えを無断でやった場合に、解除を認めなかった裁判例もあります(東京地裁昭和45年12月19日判決 。ただし、屋根の修理の必要性があったことなどが解除を認めなかった理由の一つになっています)。
二つの取扱の違いは何かというと、工事前の「地主の承諾に代わる許可」の申立の段階では、事前に地主と借地権者の紛争を解決するのが好ましい、という考え方から、広めに増改築を認めて、地主と借地権者の調整をします(ただし、解除が認められないと思われるような工事の場合、承諾料は普通よりも低くなる場合があります)。これに対して、工事をやってしまった後は、簡単に解除を認めると借地権者に酷なので、慎重にしましょう、ということです。(▲本文へ戻る)
(*2) 工事を行う建設業者から「この程度の工事なら地主の承諾はいらない」と言われたので、工事をしたら、工事後に地主から借地契約を解除されたため、建設業者に損害賠償の請求をしたという事案の裁判例があります。
この原告(借地権者だった人)は、建設業者の説明が間違っていて、その結果、損害を受けたから建設業者に損害を賠償する責任がある、と主張しました。 しかし、裁判所は請求を認めませんでした。色々と特殊な事情もあったようですが、裁判所は理由の1つとして「建設業者は法律の専門家ではないから、承諾が必要かどうかの説明に誤りがあっても責任はない」と言っています(東京地裁平成21.9.10判決)。(▲本文へ戻る)
(*3) この事案、借地権者は弁護士に依頼しないで自分で裁判をやったようです。弁護士が就いていれば、もう少し常識的な対応をして、穏便な解決ができたのではないかと思います。一審の裁判所も被告側が控訴して、控訴審での穏便な解決を期待したのかも知れません。(▲本文へ戻る)
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●借地に関する記事全体について
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●「借地上の建物の建て替えと禁止特約」
古くからの借地契約について、増改築禁止特約がある場合について、建物の建替えをしようとする場合には地主の承諾が必要ですが、承諾が得られない場合、承諾に代わる裁判所の許可の制度があります。その手続(借地非訟)を中心に解説しています。
●増改築禁止特約がない場合には地主の承諾なしに増改築ができますが、デメリットもあります。これについては「増改築禁止特約がない場合」をご覧ください。新法適用がされる借地権について、更新後の建物の再築が制限されている点も解説しています。
●建て替えの際に、金融機関から建て替え資金の借入をしなければならない場合があります。それについては、「借地への抵当権設定」をご覧ください。
●高齢の方が金融機関から借入をして建物の建て替えをしようとしても、高齢を理由に断られ、そのため、同居している息子の名義で建物を建てることにして、息子名義で借入をする場合があります。その場合の問題点などについては、「借地権の譲渡・転貸」の「建物を建て替えて子どもの名義にしたい」をご覧ください。
●平成4年以前から設立している借地権(古くからの借地権)は、堅固建物(典型はビル)所有目的のものと非堅固建物(典型は木造建物)所有目的のものがあり、特に堅固建物所有と契約書に書いていなければ、非堅固建物所有目的になります。建て替えの場合も、非堅固所有目的の借地の場合には、非堅固建物を建てなければなりません。これらについては、「借地の基礎知識」の「堅固建物と非堅固建物」をご覧ください。
弁護士 内藤寿彦(東京弁護士会所属)
内藤寿彦法律事務所 東京都港区虎ノ門5-12-13 白井ビル4階 電話 03-3459-6391